福島第一原発から80キロ圏を退避区域とする然るべき理由

福島第一原発20km圏はこんな格好しないといけない地区になってしまった!
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 福島第一原発の事故は、人類史上最悪の原子力事故となりつつある。

 日本政府及び東電は揃って、「炉心溶融=メルトダウンはない」としてきたが、この期に及んで「第一号機については、実は3月11日にはしていた」と言う。さらに、2、3号機についてもその可能性を否定できないと発表。この日が5月14日であるから、国民は知らず知らずのうちに危険にさらされながら、この重大な事態について把握するのに2ヶ月以上もかかっていたことになる。

 ところが、実は政府と東電は、この最悪の事態、つまりメルトダウンの可能性を震災発生直後には把握していたのではないか、ということがここ数日新たにわかってきた。

 というのも、震災発生翌日の12日に行われた菅首相の第一原発を視察に際し、原子力安全委員会の班目委員長は、「1号機の格納容器が爆発する可能性」を伝えていたということが判明(該当記事)。また、昨日(5/15)放送されたNHK教育のETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2か月~」によれば、文部科学省は、震災後早い時期から第一原発から北西に30km圏外の特定地点の放射線量を計測し、その数値を官邸及び関係各省庁に上げていたことがわかっている。この文科省が計測していたエリアは現在、放射線量が最も多いとされる地区だ。

 こうしたことから見えてくるのは、政府と東電は、最悪の事態になる(いや、その時点で既になっている)ことがわかっていたのではないかという事実。そしてわかっていながら、住民ら=国民には何も伝えず、さらには、原発事故直後に自国民に対して80キロ圏退避を命じたアメリカなどに対し、「大袈裟に騒いでもらっては困る。風評被害を招く」と一蹴したということになる。

 アメリカが自国民に対して80キロ圏退避勧告を行ったことで、日本国内からは「逃げるのか」「こういう時に真の友人かどうかわかる」「風評被害を招くから撤回せよ」という声が次々と上がり、概ね日本では、「アメリカは騒ぎすぎなんじゃね。そもそも日本で起こってることを彼らが的確にわかるはずもない。なんでも大袈裟だから、相手にすることはない」と嘲笑う声が多かったように思う。

 果たして、この『80キロ圏退避』が現実的なものであったか否か、ということは、今となっては明白。かく言うオーストラリアもすぐにアメリカに追従した国のひとつだが、彼らにはこの80キロ圏を退避区域とする然るべき理由があるからだ。

 アメリカでは、NRC(米国原子力規制委員会)が事故の現状を把握し、米国内で規定された指針に基づき防護措置勧告を行う。規定によれば、全身に対して10ミリシーベルト、もしくは甲状腺に対して50ミリシーベルトを上回る放射線量が予想される場合、勧告が行われる、ということになっているそうだ。そして今回の福島の場合は、3月14日に3号機が爆発したことを受けて、検出された数値を計算した結果に基づき、17日には「50マイル(80キロ)圏外への退避」を命じたということになる(該当記事1 記事2)。これは、NRCのヤツコ委員長が、これまでに爆発を起こしていた1号機および3号機の問題だけでなく、4号機も使用済み核燃料プールの水の大部分が無くなっているとの見解を示し、事態悪化を懸念したためだ(該当記事)。

 ちなみに、日本政府はこの時点でもまだ20キロ圏しか指示していない。(現在でも30キロ)

 しかし、それならば、なぜアメリカはその後、日本政府の抗議を受けて、「日本政府の指示する20km圏で十分である」と訂正したのか?(該当記事)という疑問が沸く。しかし、アメリカもまた日本政府の情報操作によって、翻弄されたと言わざるを得ない。

 NRCの規定によると、原発1機の事故について概ね20キロ退避(これに天候、風向き、風速、そして原子炉の問題状況など、さまざまな要素を考慮)とするらしいが、当初80キロとしたのは福島第一原発の1~4号機すべてが事故を起こした場合を想定したからだ。しかしながら、この時点で日本政府からは「一~二機のみの事故であり、放射線量も問題のないレベル」という調査報告書が上がっており、「ならば大丈夫だろう」ということになったらしい。

 ところが、蓋を開けてみればアメリカが予測した通り、1~4号機すべてが事故を起こして、それぞれ爆発、(日本政府の発表によれば)燃料棒損傷、さらにはメルトダウンと最悪の事態になっていたわけだ。

 それにしても、どういう理由かわからないが、日本では「炉心損傷」「燃料の溶融」「メルトダウン(全炉心溶融)」の3段階で定義しているというが、そもそも炉心溶融=メルトダウンは「炉心損傷」によって起こり、「燃料の溶融」は一部であろうとも、英語ではパーシャル(コア)メルト=partial (core) meltと呼び、放射性物質漏出の有無に関わらず、一部でも炉心が溶融した状態を(コア)メルトダウン=(core) meltdownとしているはず。なのに日本政府は「燃料棒損傷」と言い続け、ようやく4月18日になって「福島1~3号機で「溶融」認める」という記事が出(該当記事)、5月13日になって初めて「メルトダウン」という言葉が出てくるのだ(該当記事)。「燃料棒損傷」「燃料の溶融」「メルトダウン」がどういう状態なのか、的確な説明もないままに。さらには、メルトダウンでも「周辺住民への影響はない」と言い続ける始末…。

 そして、さらに最悪な道を日本は歩むことになる。

 日本は事故処理対策として、なぜかチェルノブイリ原発事故で行われた『石棺』ではなく、原子炉を水で満たして冷却するという『水棺』を行う。これにより、チェルノブイリが事故発生から10日で収束させたのに対し、日本は2ヶ月以上かかっても未だに収束できず、現在も進行中という決定的な違いが生じてしまう。

 また、原子力の専門家によれば、そもそも水で核燃料を冷却するには、最低3年間冷やし続けなければならないという。そうした点から見ても、『水棺』という方法には無理があり、その上、実際には、爆発等のダメージによって圧力容器および格納容器に穴が開いており、どんなに水を注入してもしたから漏れるだけだったのだ。2ヶ月以上もただ注水し続け、結局のところ収束どころか、事態は悪化の一途を辿っている。しかも、この作業に多くの人間を駆り出し、放射能汚染の危険にさらしながら…。

 こうして何万トンという水を入れ続けた結果、たっぷりと放射線物質が混入した水は止め処もなく下から漏れ出し、その汚染された水は海へと流出。さらには地下水へと混入し、そのうち時間と共に日本各地へと湧き出てくる…ということになる。現在検出されている放射能は、主に空気中に飛散したものが地上に降り注いだものかもしれないが、地下水汚染となったら、その土壌で育つ農作物はすべて放射線物質を取り込むことになるのだ。そして、その汚染は何千年も続くことになる。校庭の土の上と下を入れ替えれば線量が下がる…とかいう、気休め的なことをやってる場合じゃない!

 それに、チェルノブイリがたった1機のみの事故だったのに対し、福島では4機が同時に事故っている。さらには、福島にはチェルノブイリの10倍もの核燃料があると言われ、プルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料も貯蔵されており、状況の悪さはハンパじゃないということだ。

 事態の深刻さは、5月8日原発20キロ圏内を視察した岡田幹事長の姿にすべて表れている(該当記事)。この様は、このような格好をしなければならいような場所になってしまった…ということを如実に物語っているではないか。

 上記のような理由から、私は欧米の出した『80キロ圏外への退避』を支持するものです。これは、遠いヨーロッパの国や太平洋のど真ん中で起こってることじゃない。今、あなたの足元すぐ近くで起こっていることなのです。疎開をためらっている場合じゃない。仕事が、とか、住むところが、とか、色々諸事情はわかりますが、それもこれも命あってこそ。本当に子供の未来を考えるなら、可能な限り80キロ圏外へ。そこまで不可能だというなら、せめて50キロ圏外へ出るのが賢明だと思います。該当地区(主に福島東部、茨城北部、宮城南部)の皆さん、是非ともこの現状を理解し、的確な判断と行動を!

原子力発電所からの距離測定ツール ・・・住所を入力すると原発からの距離を計算してくれます。
福島原発事故総まとめ ・・・各原子炉の現状やこれまでの経緯がまとめられています。

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Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
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