捨てられなかった新聞 ~311東日本大震災を振り返る

311の東日本大震災を報じるオーストラリアの新聞
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 あれから1年。もうそんなに経ってしまったのか、という思いと、まだ1年なのか…という思いが複雑に交差する。

 2011年3月11日。当地シドニーでは夕方に差し掛かる頃、ふとつけたテレビのニュース映像が、突然、BREAKING NEWS-速報-に切り替わった。

 映し出された映像は、大海原から押し寄せてくる白い波。横に長く一直線に白線を引いたような波が、陸地に向かって押し寄せていく瞬間だった。アナウンサーは、「日本で大きな地震が発生した模様です」と早口に告げる。

 え?日本??

 Japan, Earthquake, Tsunami という単語を処理しようとするが、動揺してしまって、頭の中が真っ白になっていく。そして、次の瞬間に映し出された映像は、日本のどこかのテレビ局内を撮影した映像。激しく揺れる電灯や倒れてくる棚や机…そこに映っている人や文字から、やはり日本なのだ、と頭が理解する前に視覚でむりやり認識させられたような格好だ。

 そのまましばらくニュースに釘づけになっていた私は、はっと我に返り、実家へ電話してみるが、一向に繋がらない。一体どうなっているんだ?大丈夫なのだろうか??と、動揺と焦りがどんどん大きくなって、胸が潰れそうになったのを覚えている。

 オーストラリアのニュースチャンネルは、あの瞬間からずっと日本の地震、津波に関する緊急特番を放送し続け、私は家族との連絡が取れず不安を抱えながら、食い入るようにテレビ画面を見つめていた。結局、夜半には実家と連絡が取れ、無事を確認できたが、その日はそのまま、深夜までテレビから目が離せなかった。

 翌日の新聞は、当然のごとく、日本の地震のことが一面を飾り、悲惨な日本の写真が否応なしに目に飛び込んできた。その翌日も、そのまた翌日も……オーストラリアの新聞は、震災翌日の3月12日から5日間ほど、日本の被災地の写真が大きく一面になった。

 無残にも瓦礫の山と化した生まれ故郷を前に膝を抱えて泣き叫ぶ少女、降りしきる雪の中で力尽きるようにへたり込む老人…

 新聞に掲載された写真はどれも生々しい日本の現実が切り取られていた。そして、この5日分の新聞は、1年経った今も捨てられずに部屋の片隅に重ねたままになっている。

About Me
Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住18年。詳細なプロフィールはこちら。
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