人間と動物の壁を超えた、愛と友情の物語 ~ライオンのクリスチャン

ライオンのクリスチャン
標準

 1969年、2人のオーストラリア人青年は、ロンドンの地に立っていた。今や世界一有名になったデパート「ハロッズ」で、ジョンとアンソニーの目に留まったのは、一頭のライオンの赤ちゃん。小さなライオンとはいえ、狭い檻に入れられ、窮屈そうに見えた。倒産した動物園から、売りに出されたものだった。

出会い、そして別れ

 檻には、250ギネス(262.50ポンド)の値札が付けられていた。2人の青年は不憫に思うと同時に、すっかり心を奪われ、なけなしのお金をはたいて、ライオンの赤ちゃんを買い、彼らが働いていたアンティークショップで飼うことにした。雄の仔ライオンは、クリスチャンと名付けられた。

 2人が愛情いっぱいに育てたクリスチャンは、すくすくと大きくなり、あっという間に、彼らよりも大きな体に成長した。たった1年で80キロ… しかし、人間に育てられ、共に生活してきたライオンゆえ、野生の本能など微塵も感じられないような、性格のおとなしいライオンになっていた。クリスチャンはロンドン中で人気者となり、TVなどでひっぱりだことなった。2人と1匹の幸せな時間が、瞬く間に過ぎて行った。

 しかし、幸せな生活は、それほど長くは続かなかった。クリスチャンはライオンであり、家の中だけで飼えるわけもなく、2人はときおり、教会の庭などで遊ばせていたが、とても間に合わない状態になっていた。

 2人は、クリスチャンを野生へ戻そうと決心する。しかし、人間に育てられ、自然を知らないまま都会で成長したライオンが、果たしてちゃんと野生で生きていけるのか?彼らは、映画「野生のエルザ(原題:Born Free)」で有名になった、ケニア在住の野生保護活動家ジョージ・アダムソンに相談を持ちかけ、クリスチャンを野生に戻す計画を立てる。まず、クリスチャンをケニアへ運び、1年間、ジョージによって野生復帰へのリハビリが行われることとなった。

 1971年、計画通り、クリスチャンはケニアの大地に放たれた。

永遠の友情

 それから1年――

 ジョンとアンソニーは、野生に戻ったクリスチャンに遭いたいと、ケニアに行く決意をする。ジョージからは、クリスチャンは群れのボスになっていると聞かされていたが、クリスチャンが2人を覚えている可能性は極めて低いと忠告されてしまうのだった。

 それでもいいんだ。クリスチャンが野生で生きている姿をこの目で見たい!

 2人はケニアへと飛び立った。そして、ジョージに導かれ、サバンナの大地へ。ケニア入りして数日が経ち、それでも彼らは、クリスチャンを見つけることはできなかった。

 諦めかけていたある日、ジョージの呼びかけに応えるように、一頭のライオンが姿を現す。2人の青年を岩の上から見つめる一頭のライオン。その体は、2人が最後に見たクリスチャンの倍程の大きさだった。しかし、2人はすぐに、クリスチャンだとわかった。ライオンは一歩ずつ、岩肌を踏みしめるように降りてくると、2人との距離が目と鼻の先に縮まった瞬間、小躍りするように速足になった!

 そして、2人の元へ足早に駆け寄り、飛びついてきたのだ。2人が倒れんばかりに、じゃれついて挨拶をする一頭のライオン。それは、ロンドンで暮らしていた時と変わらない光景――

 クリスチャンは、野生に帰っても、2人をちゃんと覚えていたのだ。2人と1頭がしばしじゃれ合っていると、もう1頭、今度は雌のライオンが近づいてきた。そして、岩のほうへ目をやると、小さな仔ライオンも!クリスチャンは、家族を作っていたのだ。

2008年、この再会の場面は、40年近い歳月を経て、YouTubeを通じて世界中に知れわたり、何百万人もの人々を感動させることになった。それは予想外で驚くべきことだが、僕らの友情が永遠だってことは、ずっとわかっていたことなんだ。

ライオンのクリスチャン―都会育ちのライオンとアフリカで再会するまで アンソニー バーク (著), ジョン レンダル (著)

 この再会の様子、そして、ロンドンでの暮らしの様子の一部は、ドキュメンタリー番組としても放映され、世界に感動の渦を巻き起こしました。その全編は、下記のアニマルプラネットの公式サイトで見ることができます。クリスチャンと2人は、翌年1973年にも再会を果たしたようですが、それを最後にクリスチャンの姿の見た者はいないそうです。

 ※感動的な再会シーンは、何度みても涙腺が緩んでしまうほど。人間と動物、という垣根を超えた友情。それは、言葉など要らない、愛と信頼の世界なのだと思います。あぁ、私もライオンにもみくちゃにされたいっ!(笑)

クリスチャンと呼ばれたライオン A Lion Called Christian by Animal Planet

About Me
Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
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