増えすぎたコアラを秘密裏に安楽死… その現場は・・・

ケープオトウェイ(グレートオーシャンロード)のコアラ
標準

 約6年ぶりに訪れたその場所は、変わり果てていた。動物好きな私にとって、天国のようなその場所は、野生のコアラが鈴なり状態で見られる『コアラ天国』だった。1本の木に1頭というくらいの頻度で、木を見上げれば、必ずやコアラを見つけることができる(お気に入りの)場所――

 しかし、今は見る影もなく、見あげても、コアラの姿を容易には見つけることができなかった。よく見ると、コアラが鈴なりになっていた木々の幹には、鉄板が巻きつけられ、コアラが登れないようにしてあった。

「なぜ、こんなことを?」

 その理由は、近くに貼られた小さな手作りのポスターに書かれていた。

 “この森のユーカリの木(マンナガムManna gums)はコアラの大好物です。
 しかし、コアラが増えすぎて、マンナガムは食べつくされようとしています。
 森は死にかけています。
 この森からマンナガムが消えたら、コアラもいなくなってしまうのです。
 ですから、私たちは、コアラがマンナガムを食べ過ぎないように、木に登らないように、鉄板を設置しました。
 これは、森とコアラ、ここの環境を健康に保つためです。
 私たちはどちらも失いたくありません。
 どうぞご理解をお願いします。” (原文は英語)

 森の中を車で走ってみると、その事実はすぐに理解できた。白く立ち枯れた木々が、森のそこかしこに出現… いや、ほとんどが枯れてしまっていたのだ。森は本当に死にかけていた。このエリアはコアラが増えすぎて問題になっていたが、ここまで深刻だったとは・・・

コアラに食べつくされ、立ち枯れた木々

コアラに食べつくされ、立ち枯れた木々


 ※下の動画は、立ち枯れた木々の森を走り抜ける際に、撮影したもの。死にかけた森の様子をバーチャル体験していただけると思います。

 それでも、まだこの場所では、オーストラリアの他の地域に比べて、たくさんのコアラを見ることができた。しかし、それは以前とは異なり、高い木の上ではなく、道路のすぐ近くや道路に出てきてしまうコアラが多くて、交通事故に遭わないかとヒヤヒヤしたほどだ。

空腹のコアラ数百頭を秘密裏に処分 ‐ビクトリア州

 あれから数ヶ月経った昨日(2015年3月4日)、こんなニュースが世界を駆け巡った。まさに、私が大好きなこのエリアでの話だ。

 『空腹のコアラ数百頭を秘密裏に処分 ‐ビクトリア州』

 日本でもNHKなどが『豪 700頭近いコアラの殺処分に批判の声(参照)』と報道しており、その記事には以下のような記載がある。

ビクトリア州政府によりますと、おととし9月から去年3月までの半年間に、衰弱した野生のコアラ合わせて686頭を薬物注射で殺処分していました。その理 由について州政府側は、「コアラの頭数の急激な増加で、食べるものが足りず、飢えに苦しむコアラが増えているため、専門家と協議のうえ行った」と説明して いますが、殺処分の事実を公表していませんでした。
州政府では、野生のコアラの生息環境としては、森林1ヘクタール当たり1頭が望ましいとしていますが、ケープ・オトウェイ周辺では、最も多いときで1ヘクタール当たり20頭生息していたということです。

 森が枯れてしまえば、どのみちコアラは死んでしまう。だからといって、殺さずとも、他に方法があるのではないか?という声が、『批判』に繋がっているといえる。たしかに、他の森へ移住させるとか、そういう手もある。しかし、問題なのは、コアラが一筋縄ではいかない、ということなのだ。

 コアラはユーカリを食べるが、1,000種近くあると言われるユーカリの中でも、20~30種くらいしか食べない偏食主義でもある。人間がきちんと環境を把握し、その場所が今までの棲家とほとんど変わりないと思われる環境であっても、そこに移すと馴染めずに餓死したり、外敵にやられてしまったりと、失敗するケースがほとんどで、人間が考えているほどコアラの移住は簡単な話ではない。

大きくなっても一緒に過ごすコアラの親子

大きくなっても一緒に過ごすコアラの親子


 そんなことをいうのなら、世界各地の動物園で生きているコアラはどうなんだ?という声も聞こえてきそうだが、動物園には外敵もいないし、気温も食べ物も敵対する仲間(コアラ同士の争い)もコントロールできる。だが、自然の中ではそうはいかない。もちろん、運搬途中や新しい環境になじめず死んでしまった個体もいるし、そうした劇的な環境の変化に耐え、生き残ったたくましい個体が子を産み、動物園で生まれた子にとっては、そこが「ホーム」となる。他を知らない。だから生きていけるとも言える。むしろ自然の中に放ったら、死んでしまうだろう。ちなみに、日本で見られるコアラはすべて、(日本国内で生まれた個体を除き)元々はオーストラリア国内の動物園生まれだ。

 環境と生き物は切ってもきれない関係。自然の中で育まれた生態系は、人間が考えている以上に複雑で、脆い(もろい)ものなのだということを痛感するばかり… だからといって、空腹でどのみち死ぬのだからと、人間の一存で安楽死させるという安易な考え方には異を唱えたい。

 ※最後に、私と琉球大学の尾方先生(地形学、地生態学などがご専門)の、この件に関するやりとりを載せておきます。また、以前アップしたコンテンツ『特集:世界最多の固有種1,300種以上!オーストラリアに見る 生物多様性』をあわせてお読みいただき、オーストラリアの生態系を理解する一助になれば幸いです。


About Me
Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
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