さよなら、TENSAI(天才)~シドニーで最も愛された日本人・小野伸二

サポーター席に登場した小野伸二選手の大きな顔が描かれた横断幕
標準

 2014年4月5日、豪州東部時間午後6時。シドニー西部パラマタに、秋の訪れを感じる冷たい風を吹き飛ばすような熱気が押し寄せる。赤と黒、もしくは、赤と白のジャージに身を包んだ集団が、次から次へと押し寄せる紅い波のように、パラマタ・スタジアム(通称Pirtek Stadium)へと流れていた。

 パラマタ・スタジアムを本拠地とするサッカー豪州Aリーグ・ウェスタンシドニーワンダラーズの今季ホーム最終戦。サポーターたちが、最後のホームゲームでの勝利を信じて集結したのはもちろんだが、この日は、ウェスタンシドニーワンダラーズにとって、特別な日でもあった。

ウェスタンシドニーワンダラーズの歴史を作った男

ウェスタンシドニーワンダラーズのホーム「パラマタ・スタジアム」

 それは、チームの歴史を作った一人のプレーヤーをホームで見られる最後の試合でもあったからである。(注:レギュラーシーズンのホーム最終戦。この後にもう1試合メルボルン=アウェイが残っている。)

 背番号21 SHINJI

 そう、日本人サッカープレーヤー・小野伸二、その人だ。

 2012年、ウェスタンシドニーワンダラーズ創立に際し、クラブ初代のマーキープレーヤーとして加入、あっという間にAリーグのスターの座を射止めた。その華麗なプレーはもちろん、お茶目な人柄が、サポーターたちの心をぐっと掴み、クラブの顔となったのである。そして、オーストラリアのサッカー解説者が小野を賞賛する際に多用する「TENSAI(天才)」という日本語が、彼の代名詞となり、サポーターの間でも定着。天才は、クラブ創設わずか1年目にして、初のレギュラーシーズン優勝を引き寄せる立役者となった。

 パラマタの地元でも人気者となり、チームにとってもなくてはならない存在となった天才・小野伸二。残念ながら、今季限りでウェスタンシドニーを退団、札幌コンサドーレへの移籍が決まっている。この移籍が発表された時、サポーターたちの嘆きはかなりのものだったようだ。とはいえ、嘆きの中にも「小野は永遠にクラブのレジェンド」「忘れることはない」など、小野の偉業を賞賛する声が相次いだ。(参照

小野選手へ、心からのフェアウェル


 サポーターたちは、この日、小野選手へのフェアウェル(お別れ)メッセ―ジが描かれた手作りの横断幕やサインボードを手に、スタジアムへやって来ていた。スタジアム入口では、応援のための小野のお面や小野が表紙になったクラブ機関紙なども配られた。皆、それを手にしながら、小野への別れと感謝の思いを胸に、スタジアムへと入っていく。

 スタジアムには、本当に大勢の小野ファンが詰めかけていた。一家そろって小野の大ファンという家族、とにかく小野が大好きという子供たち、小野のような選手になりたい、サッカーがうまくなりたいという男性、21 TENSAIのジャージを着た老紳士などなど、ちびっこからお年寄りまで、本当に本当にたくさん……

 そして、クラブとスタジアムは、ウェスタンシドニーの21番・小野伸二の背番号にちなんで、21分にサプライズを用意していた。

マジカル21ミニッツ


 試合開始前から、何度となく「シンジ!オノ!」の大歓声があがる。スタジアムが一丸となって、「シンジ!オノ!」をコールする。それぞれが、自作の小野へのメッセージが描かれた横断幕やプラカードを高く掲げ、精一杯のフェアウェル&サンクスを贈る。日本語の「ありがとう」「さようなら」「小野伸二」「おのしんじ」「オノシンジ」「天才」といった文字が躍る。一生懸命練習したのだろう、どこかユーモラスなその字体が、妙に微笑ましい。そんな様子を見ていると、小野伸二というプレーヤーがこんなにも地元で愛されていたのだと、あらためて実感する。

 午後7時45分、キックオフ。ホーム最終戦のためか、スタジアムに数発の花火が上がった。天才21番が、元気よくフィールドへ走り出すと、観衆の熱気は最高潮に!ボールが21番へ蹴りだされる度に、「オノオノ!シンジ!オノ!オノオノ!シンジ!オノ!」の大歓声あがる。

 そして、試合開始21分。

 スタジアム上空に、大きな打ち上げ花火があがった!客席から大量の紙吹雪が舞い飛ぶ。「シンジー!オーノー!」のコールがスピーカーから響き渡り、天才21番の顔がスタジアムの大スクリーンに映し出されると、観衆は総立ちとなり、一斉に「シンジ!オノ!」の大合唱に包まれた。まさに、スタジアムが「シンジ・オノ」一色に染まった瞬間。

 その後も、「シンジ!オノ!」の掛け声は何度となく上がり、後半45分に交代となり、ピッチから下がる時には、スタジアムに詰めかけた観衆全員のスタンディングオベーションで見送られた。

 今季限りでシドニーを去る天才。彼が残した偉業は、ウェスタンシドニーのクラブ史に残るだけでなく、「TENSAI(天才)」という日本語を定着させ、シドニーで最も愛された日本人として、地元の人々の心の奥底に永遠に刻まれることになるだろう。天才21番・小野伸二の軌跡は、シドニー西部の小さな町パラマタのそこかしこに残っている。

 試合後の帰り道、21 TENSAIのジャージを着た老紳士の後ろ姿が、心なしか寂しそうに見えたのは、私だけではなかったはずだ。

 Sayonara Tensai! Arigato Tensai!

※以下で、ウェスタンシドニーワンダラーズ公式ツイートによる、当日のサポーターの様子を一部ご紹介します。最後に入れた、小野選手のフェアウェルのために作られた素晴らしい動画も必見です。


About Me
Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住18年。詳細なプロフィールはこちら。
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