原発29基分の再生可能エネルギー、日本の高温岩体地熱発電

温泉との共存が問題視される地熱発電
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 ほぼ無限に存在する、地底に眠る膨大な熱エネルギーといえる「ホット・ドライ・ロック=高温岩体発電」。前回のエントリーで紹介したオーストラリアにおける地熱開発の主力である、この高温岩体発電の秘めた可能性や利点については、こちらを読んでいただくことにして…

 高温岩体発電は、日本でもまったくやっていないわけではなく、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)が山形県肘折地区で、電力中央研究所が秋田県雄勝町などで実験的に行っているのだそうだ。

 ちなみに以下の、2001年度に制作された「高温岩体地熱発電」について紹介する動画ニュース(サイエンス・チャンネル)によれば、日本における地熱発電はすべて合わせても、国内の需要電力の0.4%程度。温泉大国であり、世界の地熱ポテンシャル第三位でありながら、かなり少ないと言える。(地熱ポテンシャルマップ

↑とてもよい動画だったに、ここで紹介した後、なぜか削除されてしまいました…

日本における高温岩体地熱発電の潜在力

 上記以外にも、この方式の地熱発電が可能な地域が日本全国に数多く点在している。上の動画にも登場している電力中央研究所・地球工学研究所の海江田秀志氏も、この高温岩体地熱発電について「火山国の日本では国内のほぼ全土で開発可能性がある。日本に適した発電方法」と指摘する。(参照:国内全土で開発可能 日本に適した高温岩体地熱発電 by 日経エコロジー)

 電力中央研究所による平成元年時の試算では、高温岩体発電可能性地域16ヶ所で、合計38,400メガワット=3,840万キロワット の発電が可能と評価している。(参照:高温岩体発電の開発 by 電力中央研究所)

 また平成5年度に、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)が国内の有望視される地熱地帯29カ所で行った調査では、2,900万キロワットの発電が可能で、「この調査の対象となった地熱地域の合計面積は、日本の国土面積の0.3%に過ぎないので、実際にはもっとあると考えても良い」と付け加えている。(参照:次世代型地熱エネルギーの開発-高温岩体発電システムの開発

 電力中央研究所による評価は、国立公園など開発しにくい地域も含まれているらしいので、NEDOの評価による2,900万キロワット程度が実際すぐに可能と考えても、およそ原発29基分に相当する発電力を秘めていることになる。 注意)原発一基で約100万キロワット=1,000メガワットと言われている。

原発推進と共に、政府や電力会社が開発に圧力?

 しかしながら、いまだに積極的な調査も開発も行われていないのが現状のようだ。というのも、この発電方式がまかり通ると、上述からもわかるように「原発は要らなくなる!」となり、それを封殺する暗黙の圧力があるから、とも言われている。

 日経エコロジー2010年2月25日付けの記事「なぜか10年新設がない地熱発電 眠れる巨大資源のハードルとは?」(参照)によれば、日本における地熱開発の遅れは、コストや温泉との共存だけでなく、政策面での冷遇も、事業環境の悪化に拍車をかけたとある。新エネ利用促進法=RPS法の施行とともに、地熱発電は国が定める「新エネルギー」の枠組みから外れた、のだそうだ。

 1993年に発売された雑誌『週刊朝日』にも「21世紀の新エネルギーになれるか 高温岩体発電スイッチオンへ」という記事が掲載されたのだが、この記事を書いた記者はこの後、左遷されてしまったという噂もあるという。(参照

 また、2006年にスイスで行われていた高温岩体地熱発電所の建設の際、周辺地域でM3.4の地震が起き、発電所建設に伴う掘削のせいだと提訴され、結局、計画の白紙化を余儀なくされた事件があったのだが、これもまた、原発維持のための圧力とみる向きもあるという。(参照)というのも、州政府をはじめ各方面からの支援で始まったプロジェクトであるにも関わらず、電力会社の社長ら、個人が訴えられるという奇妙な裁判なのだそうだ。(参照1, 参照2

 そもそも、掘削が原因で地震を誘発した、というのなら、高層ビルも建ててはいけないことになる。高層ビルを建てる際には、大深度の地下掘削工事を伴う。例えば、オーストラリアで1、2を争う超高層ビルの「Q1」は、このビル同等程度の深さの基礎を造ったと聞いている。日本における高温岩体発電では、3km以上深く掘れば、300~400℃の熱を持った岩盤が存在するという。

 とはいえ、日本のように地震を誘発する活断層などが多い場合は、掘削する箇所を慎重に選ぶ必要があるだろう。(このページのコメント欄の論議が参考に→参照

燃料費はタダ!ランニングコストのみで発電

 「高温岩体発電で原子力はもういらない」と書いた記者が左遷されたかどうかの真偽はさておき、この記事によれば、高温岩体発電の1キロワット当たりの原価は、12円70銭と試算されている、とある。原発では9円(この数字も操作されているという指摘もあるが)となっているので、高いとはいえ、水力発電並みということになる。コスト面をことさら強調するほど、高い電力とも思えない。

 なにしろ、この高温岩体発電を含め、地熱発電は基本的な燃料費がかからない。発電施設さえ建設してしまえば、後は、動力ポンプなどのわずかな燃料を必要とする機器を動かすランニングコストだけで、ほとんど0円で発電できる。

 原発がいかに危険で、不安定な供給しかできない発電所であったか、今回の福島第一原発事故および40数年来初めての全原発停止で騒がれる停電問題でわかった今、日本は大きなポテンシャルのある地熱開発に全力で取り組む時ではないだろうか。

【参考サイト】 未利用地熱資源の開発に向けて -高温岩体発電への取り組み- by 電力中央研究所

【関連コラム】 オーストラリアの地熱、26,000年分の電力供給が可能
         日本こそ、世界一の地熱発電先進国に!

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自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
執筆依頼、取材代行、メディア・コーディネート等、承ります。お気軽にお問い合わせください。

オーストラリアの地熱、26,000年分の電力供給が可能

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 温泉らしい温泉もほとんどなく、活火山は人の住んでいない遠く離れた孤島にあるだけで、火山ともほぼ無縁のオーストラリア。そんなオーストラリアでも、地熱発電を試みている地区がある。

 クイーンズランド州南西部、赤土の広大なシンプソン砂漠に面した町バーズビルには、オーストラリア唯一の地熱発電所がある。自然湧出する熱水(温泉)の蒸気を利用した『ウェット方式(対流型地熱資源)』で、80キロワットの発電力を有し、町の4分の1の世帯に電力を供給している。

 とはいえ、オーストラリア全体の電力供給量からすれば、わずか1%程度にすぎない。それほど、この国にとって地熱は、馴染みのないエネルギー源でもある。

オーストラリアの地熱に26,000年分の発電力

 ところが2008年、オーストラリア政府は意外な調査結果を発表をした。それは、これまで手が付けられてこなかった地熱エネルギーに、なんと26,000年分もの発電力が潜在しているというもの。

 オーストラリアは世界有数の石炭輸出国であり、国内の77%の電力は石炭による火力発電だ。そんな国の大陸奥深くに眠るクリーンなエネルギーの驚くべき潜在力を知り、オーストラリア政府は5000万豪ドルを研究および技術開発費に投入すると発表した。(2008年8月20日ロイター記事

 豪地熱エネルギー協会=AGEA(Australian Geothermal Energy Association)によれば、この新しい地熱発電によって2020年までに、2,200メガワットのベースロード電力(常に使っている需要電力)供給が可能であると予測。これを受け、オーストラリア政府は、再生可能エネルギーの目標を40%とし、全国需要電力の20%に当たる毎時45,000ギガワットの発電を目指す考えだ。ちなみに、2020年までに、再生可能エネルギーで2,200メガワットのベースロード電力を生み出すために費やすコストは、120億豪ドルに達すると試算されている。

温泉いらずの地熱発電、ホット・ドライ・ロック方式=高温岩体発電

地熱発電・ホットドライロック方式 地熱発電は、日本やニュージーランドでよく見られ、上記のバーズビルでも行われているような熱水=温泉水からの蒸気を利用するものが一般的。しかし、オーストラリアが新たに取り組んでいる地熱発電は、『ホット・ドライ・ロック(高温岩体発電)』と呼ばれる方式で、地下で熱せられた高温の岩石に水をかけて水蒸気を発生させ、タービンを回して発電する仕組みだ。そして、さらに場所によっては『バイナリー方式(参照)』も検討されており、環境への影響は最小限でCO2排出もほとんどなく、24時間365日の発電が可能だという。

 日本における地熱発電では、掘削により、温泉の質が変わってしまう、または枯渇してしまうのでは?という問題がつきまとう。しかし、このホット・ドライ・ロック方式は、温泉資源とは無関係なため、そうした問題とはほぼ無縁だ。(参照:温泉と共存できるか?産業技術総合研など、地下600メートル掘削へ -毎日新聞 2012年1月17日付け)

 また、地下で熱せられた岩盤の熱のみを利用するため、石油や石炭のように枯渇する資源ではないのが特徴。利用する熱は地球深部のマグマで温められたものであり、マグマが急速に冷えない限り、比較的短期間に回復する。つまり、熱を取りすぎたために、その場所から永遠に熱がなくなってしまうということはない。ほぼ無限に存在する、地底に眠る膨大な熱エネルギーといえる。

南オーストラリアで始まった地熱発電試験プロジェクト

 クイーンズランド州境付近の砂漠地帯、南オーストラリア州イナミンカ地区で、このホット・ドライ・ロック式の発電試験プロジェクトが始まっている。正式稼働すれば、廃棄物を一切出さずに原子力発電所10基分に当たる、10,000メガワットの電力生産が可能だという。

 「Geothermal industry pushes for more power」と題して2011年7月6日に放送されたABCニュースでは、冒頭のバーズビルの地熱発電所と、この南オーストラリア州での試験プロジェクトを紹介している。


 原発に依存しないエネルギーとして、太陽光や風力などの再生可能エネルギーが注目される中、CO2をほとんど出さず、最もクリーンで安定供給が可能な「地熱」。オーストラリアよりも利用が容易で技術的にも優れている日本こそ、地熱発電のあらゆる方面からの可能性に挑戦し、世界にお手本を示して欲しいと思う。

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敵国の大将を招いたアンザック・デー

タイの泰緬鉄道建設で最も過酷だったと言われるヘル・ファイヤー・パス。ここで、多くのオーストラリア兵が亡くなり、先日もアンザック・デーの式典が行われた。
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※このエントリーは、私(平野美紀)が、2005年4月27日に執筆したものです。ODNの公式サイト内で連載していたブログ記事の1つとして公開され(のちにソフトバンクテレコムに買収され終了)、今年2012年のアンザックデーに寄せて再アップしました。

 今年はアンザック・デーのことについて触れるつもりはなかったのだけれど、今年新たに数名の方から昨年の記事にトラックバックをいただいたので、ちょっとだけ今年の様子はどうだったのか?ということなど、つらつらと書いておこうと思う。

敵国の大将を招いて行われた式典

 今年のアンザック・デーは、ご存知の通り、現在も尚、軍隊を駐留させているイラクへのさらなる増派が行われ、かの地でもアンザック・デーの式典が開催された。このイラクへの派兵は、日本の報道機関でも伝えられてると思うが、日本の陸上自衛隊の安全確保と支援が主な目的。

 そのためもあってか、アンザック・デーの式典には、陸上自衛隊の責任者(もちろん日本人)も出席し、オースト ラリア国内で話題になった。それは、言わずもがな、日本はこの国=オーストラリアにとって、かつての戦争における敵国にも関わらず、今となっては『戦争記念日』的な位置づけになりつつあるアンザック・デーに、敵国の大将を招いたような格好だからだ。これには私も、ちょっと、いや、かなり衝撃を受けた。

 でも、これに対し「なんで敵国の人間を出席させるのか!」と言ったような、怒りの世論は起きていない(…というか聞かない)。イラクへの派兵を純粋に反対する声は少なからずあるけれど、「なぜ、“元敵国であった日本”を守るためにイラクへ派兵しなければならないのか!」と言ったような怒りの声もとくにない。

 ちょうど時を同じくして中国各地で起きた反日デモ(…というか、あれはもうテロに近い)に比べ、まったく対照的だ。オーストラリアも中国と同じく先の戦争では、日本が敵国。なのに、この両国の対応(反応)はあまりにも違いすぎる。

オーストラリアと日本は、昔から友好国

 この件で、ハワード首相は自ら「日本とわが国は、昔から友好国であり、長年助け合ってきた。日本の自衛隊を護衛するために、派兵を決定した」と国民に理解を求める声明を出している。

 #この「昔から友好国」という部分には、第一次世界大戦におけるアンザック隊を護衛した日本海軍への恩返しという意味も含まれるんじゃないかと思う。以下にオーストラリア大使館のサイトで公開している資料『日豪国防協力の今昔』より、該当部分を転載。

実はこのオーストラリアとニュージーランドの軍隊輸送を戦場に護衛する役割を日本の軍艦が果たしていた。-(中略)-日本は、志願して集まったオーストラリア兵とこれに加わったニュージーランド兵、合わせて3万人を乗せた最初の輸送船団38隻をドイツの攻撃から守り、インド洋を護送する要請を受けたのである。

 このあたりのことを知らない日本人が多いために、「アンザック・デーは日本人にとって嫌な日」などと、誤解を招いているのかもしれないけれど、アンザック・ デーの本来の意味=アンザック隊からすれば、恨まれるどころか、反対に感謝される立場でもあり、オーストラリアにとって日本は、(戦争においても)決して悪い イメージばかりではない。

前向きに、協力し合える関係を築くのが大切

 実はこの前行った東南アジアの国で、オーストラリアが建てたという戦争記念館(もちろん第二次世界大戦の。以前、タイのカンチャナブリーにあるのにも行った) に、オージー達と共に行かねばならないはめになったのだけれど、その中のひとりである60代のおじさんが、日本軍の行った数々の行為についての展示を見終え、落胆していた私(だって、返す言葉もないというか、何も言えませんよ…)をわざわざ呼び止め、こう言って心を和ませてくれた。

 「歴史を知ることは重要だけれども、昔のことを根掘り葉掘り並べて、悪印象を持つようなものはよくないし、意 味が無い。こんなこと(日本軍が行った残虐とも言える行為)を知らしめたところで、何かがよくなることはないし、何も変わってないじゃないか。そうだろ、今 だって世界各地で戦争しているのだから。もっと前向きに、協力し合える関係を築くのが大切なんだよ。」

 …おじさんの温かい心遣いに、ちょっと涙がでた。

 で、結論として何が言いたいのかというと、日本は反日感情むき出しの中国のことは置いといて、もっとオーストラリアとの関係を強化したほうがいいんじゃないかということ。中国は所詮、オーストラリアから資源を売ってもらわないと成り立たないわけだし、資源も農産物も豊富(前にも書いたけど、自給率は300%以上!)であるオーストラリアは、結構お役に立つと思いますけど??…と思いながらウェブ・サーフィンしてたら、極東ブログさんも似たようなこと書かれていましたね…

※先の戦争におけるオーストラリアの心情は、概ね「いつまでも昔のことにこだわっているより、前向きになったほうがお互いのためである」という意識が強いよう。もちろん、よく思っていない人が全くいないわけじゃないとは思いますけど。

【関連コラム】 アンザック・デーの憂鬱とマイト・シップ

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アンザック・デーの憂鬱とマイト・シップ

アンザック記念碑があるシドニー中心部のマーティン・プレイス
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※このエントリーは、私(平野美紀)が、2004年4月26日に執筆したものです。ODNの公式サイト内で連載していたブログ記事の1つで(のちにソフトバンクテレコムに買収され終了)、今年2012年のアンザックデーに寄せて再アップしました。

 昨日の日曜日(4月25日)は、アンザック・デーだった。なので、本日月曜日は振り替えとなり、一部の州を除いてお休み。(オーストラリアは州によって祝祭日が異なる)

アンデック・デーとは何か?

 第一次世界大戦時に、オーストラリアとニュージーランドで編成された「アンザック(Australian and New Zealand Army Corporationの略=ANZAC)」が、トルコ戦線突破のためにトルコのガリポリに上陸した1915年4月25日を記念した日。

 ちなみに、この作戦は大失敗に終わり、多くの戦死者を出した。

 このアンザック・デーには、オーストラリア国内各地と戦地となったガリポリで、亡くなった兵士達を追悼するための記念式典が行われる。

 しかし近年では、本来のアンザック隊及び第一次世界大戦関係者達(兵士や軍従事者、軍属医療関係者等)が高齢により少数になってきているということもあり、第一次世界大戦関係者だけでなく、その後の戦争も含め、参加した兵士や関係者達、遺族達全体を対象とした式典となってきている。だから今となっては、このアンザック・デーを一言で言ってしまえば、「戦争記念日」とも言える。

敵国は日本!

 第一次世界大戦以後の戦争には、もちろん第二次世界大戦も含まれる。オーストラリアにとっては、唯一の本土爆撃を受け、多数の戦死者を出した第二次世界大戦。

 しかも、その敵国は日本!

 おそらく今年あたりは、大多数がこの第二次世界大戦関係者になってきているとみられ、このアンザック・デーは年々、日本人にとって“居心地の悪い日”になってきている感じがしないでもない…。

 数年前から(いやそれ以前から?)在豪邦人の間では、「大使館から外出禁止令がでている」とか、「パレードにぶつかってしまったら唾を吐きかけられる」といった怪情報が流れたりするほどで、少しでもオーストラリアと日本との戦争のことを知っている日本人は、アンザック・デーが近づくにつれ、日々戦々恐々としている…と言っても過言ではないと思う。

 #もちろん、そんなこと全く知らないという人も多くなってきているようだし、唾を吐きかけられたり、罵倒されたりした人がいたという話は、今まで一度も聞いたことがない。ほとんどまったくのデマ情報なんだけど。

私達は日本のファシズムと戦争した

 そんなこともあって(?)アンザック・デーは、とくに用事がない限り外出はせず、いつも自宅で過ごすことが多い。でも、自宅で過ごしていても、テレビからは式典の様子や退役軍人へのインタビューなどの映像が次々と飛び込んでくる。

 やはり思っていた通り、今年は第一次世界大戦関係の生存者はあと6名となり、ほとんどが第二次世界大戦関係者と一部のベトナム戦争関係者になっているようで、第二次世界大戦で日本軍の捕虜=POW(Prisoner Of War)となった退役軍人の方がインタビューに答えていた。

 私が見始めたのは途中からだったので、どの隊に属していたか等の詳細は聞くことができなかったが、その退役軍人の方は、あの『死の鉄道(DEATH RAILWAY)』として知られる『泰緬鉄道』建設に従事した人であった…。

 実は元々、オーストラリアの元日本軍捕虜だった方々が、どのような見解をされているのか?日本に対してどのように思っているのか?、個人的にとても知りたかった。それは、イギリスの元POWの方々の中には、今でも日本を恨み、それこそ日本製品まで毛嫌いして一切使わないという人も少なからずいる…という事実をロンドンに住んでいた頃に知ったからだ。

 こうしたPOWの方々の心情を察してか、イギリスでは8月15日戦争記念日を名指しで『VJ Day(Victory over Japan Day:表記はoverの部分がinになるなど、いくつかある)』としているほどで、この事実はほとんどの日本人が知らないのではないかと思う。

 だから、同じように日本軍の捕虜となったオーストラリア人の方々がどのように思っているのか?これは、この国に住む日本人ならとくに、絶対に知っておかなきゃならないことだと思っている。

 くだんの退役軍人の方の話は、要約するとこんな感じであった。

 「たしかにあの頃は、大変でした。地獄だったとも言えます。正直なところ、ナガサキに原爆が投下され、(戦争が終わって)心の底から喜びました…、その後(被爆者のことや壊滅状態になった町など)のことを知らなければ。

 あの頃は、友人がどんどん増えた。日本人や韓国人の人達と一緒に風呂に入り、言葉はわからないけれども、日に日に友情が芽生えていった。それに引き換え、もうこの歳になると、年々友人達がこの世からいなくなってしまう…実に寂しいことです。

 私達は日本のファシズムと戦争したのです。

 戦争というのは人類にとって悲劇です。でもあの戦争で、私には日本人や韓国人などの友人(Mate)ができた。それはかけがえのない事実で、私の人生に置いて貴重な体験だったのです」

 インタビュアーから「イギリス人もいたわけですが、彼らからは過酷であったと様々な不平や憤りが表面化していますが、それについてあなた方はどう思いますか?また、最後にイラク戦争についてコメントをお願いします。」と質問され、さらにこう続けた。

 「彼ら(イギリス人捕虜)より、私達の方が適応能力があったということでしょう。私達は倒れてもまた起き上がれる力があった。でも、残念ながら彼らには無かった、そういう違いかも知れません。

 それに、日本軍からはジュネーブ協定に基づいて賃金をもらっていました(*)ので、それでドラッグ(大麻など?)を買ってましたねぇ(笑)。

 イラクのような遠いところのことに注力するのは、あまりいいことではないと思います。
国費も際限なくあるわけではないのだから、もっと近隣のことに力を注いだ方がいい。例えばアジアや南太平洋諸国のこととか、ですね。」

 自分達は日本のファシズムと戦争したと言い、たしかに過酷ではあったけれど、友人が増えたことが嬉しかったと、まるで楽しい思い出話をするかのように、にこやかに話す前向きな姿勢には、正直頭の下がる思いだった。

 オーストラリアでは確かに、先に書いたイギリスのPOWの方々(今でも日本製品を一切使わない等)のような人がいるという話は、今のところ聞いたことがない。ここオーストラリアでは、日本製品の性能の高さは誰しもが認めるところだし、スシをはじめとする日本食だって老若男女問わず人気だ。

 そういえば以前、キャンベラの戦争記念博物館を訪れたという日本人の方が、退役軍人の方から館内説明を受け、帰り際、こんな言葉を掛けられたという話も耳にしたことがある。

 「戦争は過去のもの。戦争というものが人間をも変えてしまう…すべては戦争の責任なのです。日本人を恨むことなどありません。私達の使命は、こうしてあの体験を人々に間違えなく伝えることです。是非大勢の日本の方々にも来ていただきたい。」

 間違えなく伝える…そう、上記の戦争博物館には、アンザック・デーのキッカケとなった地中海(ガリポリ)への軍隊輸送の際、護衛する役割を日本の軍艦が行ったことに対する謝辞も掲示している。

そのためか、近年在豪邦人の間で囁かれるデマ「アンザック・デーに、日本人だとわかったら痛い目にあう」どころか、退役軍人(おそらく第一次大戦参戦者)に敬礼されて、恐縮したという人もいるほどだ。

 たしかに、これはいくつかの事例に過ぎないのかもしれないし、中には過去の戦争において敵であった日本をよく思わない方々もいるのかもしれないが、 こうして見てくると概ね「過去のことをいつまでもとやかく言うのではなく、先を、そしていいところを見ていこう」という前向きなオージーの気概を感じる。

オーストラリアのマイト・シップ(友好関係)

 “オージー=オーストラリア人は、フレンドリー”

 よくそんな風に言われるけれど、実は口は悪いし、意外とぶっきらぼうで、単純にフレンドリーというわけでもない…と思う(苦笑)。それよりも、正直で前向き、そして寛大な心を持ち、何かを恨む前に自分のプラスになるように考えるから、誰とでも友達になれる。オーストラリアのMate ship/マイト・シップ精神は、こんなところから来ているのかも…と感じた2004年のアンザック・デーだった。

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 (*)=この話「捕虜に賃金を払っていた」というのは、私もタイのカンチャナブリー(泰緬鉄道の鉄橋などがある)郊外にオーストラリア政府が建てた記念館で目にした。(よく知られるJEATHではなく、ヘルファイア・パスのところにできた新しい記念館)

 #くだんのインタビューに答えていた退役軍人の方の話の中に、「イギリス人より、オーストラリア人の方が適応能力があった」というのがあったけれ ど、実際、捕虜の中には米(飯)など、日本式の食事を嫌い、拒否した人もいたよう。でも、確かにオージーなら何でも食べただろうと思う(この国の食文化の 発達の早さは、こんなところにもあるのかも?)し、蚊などの虫がほとんどいないイギリスで生まれ育った人と、そういう状況が当たり前だったオージーとで は、感覚の違いがあるのではないかと思う…。

 また、本当のことを言えば、この話題には触れないでおこうかとも思ったのだけど、日本人として知っておくべきことだと思うので、あえて書くことにしました。まただからと言って、いろいろ言われているような悲劇的な事実がなかったとか、そういうことに言及するものではなく、「こういう一面もあったし、 こんな風に思っている人もいる」ということを知っていただけたら、と思います。

【関連コラム】 敵国の大将を招いたアンザック・デー

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脱原発と原発維持を考える

美しい日本を台無しにする放射能汚染
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 冷静沈着で才女と言うイメージ(あくまでもTVなどで拝見する限り)の有名ジャーナリスト氏が、先日ツイッターで以下のような発言をしていたので、驚いた。

原発に関してはリスクを最大限に考えろというのに、脱原発のリスクをあまり考えていない人が少なくない。本気かつ現実的に脱原発を求めるからこそ、そのリスクやデメリットを見つめ、どう解決し乗り越えていくか考えないと。原発なくなったけど、経済どん底、凍死者餓死者続出、というのじゃ困るし (Tweet

原発やめても誰も何も困りませんという極端な脱原発安全神話は、原発安全神話の裏返しに過ぎない、という気がする。脱原発を目指せばこそ、そのリスクとそれに対する対応策や備えをしっかり考えようじゃありませんか…というと経団連の回し者みたいに言われるのはほわい? (Tweet

 どちらのツイートも50人以上にリツイートされ、ツイッター上ではかなり拡散されたと思われる。この方はこれ以外にも再三、「放射能はたいしたことはない。心配には及ばない」的な発言を繰り返す原発推進派といわれる大学教授らに共感の意を示している。

脱原発=原発を再稼働させないリスクとは何なのか?

 まず疑問に思ったのは、「原発なくなったけど、経済どん底、凍死者餓死者続出」というのは、ありえるのか?ということ。これは結論からいくと、「原発あるけど、事故が起きたら経済どん底、放射能で死者続出」というのが正解なのではないだろうか。

 実際、今回の福島原発事故で多くの国々が日本製品を(放射能汚染の懸念から)拒絶したり、安全性の確認を求めるなどの措置を講じている。これが経済への影響がないか?と言われれば、「ない」とは言い切れないはずだ。また、国内に流通する食品も汚染を心配し、放射能測定結果を気にしながら、買い控えたりする人も多くなった。これらが、経済の停滞ではなく、何だというのか。

 原発事故が起きて死者が続出したか?と聞かれれば、現時点では顕著な現象として見られないかもしれないが、今後はどうなるかわからない。放射能(放射線被曝)による健康への影響は、医療被曝も含め、「ある」ということはわかっている事実だ。そもそも、これほど大規模な放射能汚染は、チェルノブイリ原発事故以外に地球上で起きたことはなく、その影響はいまだによくわかっていない。こんなことを言うと、「放射能は心配ない」と主張する人たちは、これを逆手に「ほら、健康被害が出るかどうか、わからないじゃないか」というのかもしれないが、被害が出てからでは遅いのだ。わからないからこそ、無意味な被曝は避ける必要がある。常に最悪の状態を想定する…それが『リスク管理』というものだ。

 とはいえ、現時点で原発を稼働させない=代替の発電方法での電力供給に移行する場合に、(電力)創出の不安定さなどから、一時的に経済が落ち込む可能性もないとは言えない。しかしそれは、あくまでも一時的であり、代替発電による安定供給が確立されるまでの間だ。また、それに向かって進むことで、新設する再生可能エネルギーの発電施設や従来の火力・水力発電所の整備拡張などで、コスト増になることも否めないだろう。脱原発を主張する人々も、それに伴う増税や電気料金の値上げ、多少の不便は覚悟する必要がある。

経済活動は民が支えるもの

 上記のような脱原発のリスクを鑑みても、原発を維持するリスクのほうがはるかに大きい。原発は、一旦事故を起こせば、放射能がまき散らされ、国土の一部は半永久的に使えなくなる。そして、放射能汚染された土地で農産物や製品を作っても、人々が不信感を抱いて買わなくなることは、今回の福島第一原発事故を見ても明らかだ。こうした事態のほうが、よほど経済ダメージも大きく、人々の精神的ダメージも計り知れない。その上、放射能による健康被害が続出し、国を構成する民(国民)に支障がでたら、経済活動どころの話ではない。国の存続にかかわる問題だ。

 『経済』とは、社会の生産活動のことだ。その生産活動を支えているのは民である、ということを、原発維持を主張する人々は忘れている。

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捨てられなかった新聞 ~311東日本大震災を振り返る

311の東日本大震災を報じるオーストラリアの新聞
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 あれから1年。もうそんなに経ってしまったのか、という思いと、まだ1年なのか…という思いが複雑に交差する。

 2011年3月11日。当地シドニーでは夕方に差し掛かる頃、ふとつけたテレビのニュース映像が、突然、BREAKING NEWS-速報-に切り替わった。

 映し出された映像は、大海原から押し寄せてくる白い波。横に長く一直線に白線を引いたような波が、陸地に向かって押し寄せていく瞬間だった。アナウンサーは、「日本で大きな地震が発生した模様です」と早口に告げる。

 え?日本??

 Japan, Earthquake, Tsunami という単語を処理しようとするが、動揺してしまって、頭の中が真っ白になっていく。そして、次の瞬間に映し出された映像は、日本のどこかのテレビ局内を撮影した映像。激しく揺れる電灯や倒れてくる棚や机…そこに映っている人や文字から、やはり日本なのだ、と頭が理解する前に視覚でむりやり認識させられたような格好だ。

 そのまましばらくニュースに釘づけになっていた私は、はっと我に返り、実家へ電話してみるが、一向に繋がらない。一体どうなっているんだ?大丈夫なのだろうか??と、動揺と焦りがどんどん大きくなって、胸が潰れそうになったのを覚えている。

 オーストラリアのニュースチャンネルは、あの瞬間からずっと日本の地震、津波に関する緊急特番を放送し続け、私は家族との連絡が取れず不安を抱えながら、食い入るようにテレビ画面を見つめていた。結局、夜半には実家と連絡が取れ、無事を確認できたが、その日はそのまま、深夜までテレビから目が離せなかった。

 翌日の新聞は、当然のごとく、日本の地震のことが一面を飾り、悲惨な日本の写真が否応なしに目に飛び込んできた。その翌日も、そのまた翌日も……オーストラリアの新聞は、震災翌日の3月12日から5日間ほど、日本の被災地の写真が大きく一面になった。

 無残にも瓦礫の山と化した生まれ故郷を前に膝を抱えて泣き叫ぶ少女、降りしきる雪の中で力尽きるようにへたり込む老人…

 新聞に掲載された写真はどれも生々しい日本の現実が切り取られていた。そして、この5日分の新聞は、1年経った今も捨てられずに部屋の片隅に重ねたままになっている。

About Me
Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
執筆依頼、取材代行、メディア・コーディネート等、承ります。お気軽にお問い合わせください。

チェルノブイリ原発事故(放射能)と狂牛病の奇妙な関係

狂牛病発症は牛たちが被曝したせい?
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 チェルノブイリ原発事故から25年。事故発生は1986年4月26日、その頃私は日本にいたが、その6年後の1992年、英国ロンドンの地に降り立っていた。

 今から思えば、相当放射能汚染された物を食べていたんだろうなぁ…と考えつつ、あの頃の食生活を思い出しながら、あることに気が付いた!

 ロンドン滞在中には、その後日本でも問題になる「BSE(牛海綿状脳症)」こと狂牛病騒動が起き、牛肉を食べる機会は限りなくゼロだったし、同時期にドイツでの豚肉サルモネラ菌蔓延等もあって、鶏肉ばかり食べていた。今思い出しても、かなりヒモジイ感じの食事だった(苦笑)。

 イギリス国内で最初の死亡者が出た「狂牛病」。その後、死者は増え続け、確か100名以上に上ったと記憶している。当時、英国政府は国内で飼育されているほとんどの家畜牛を焼却処分し、病気の蔓延を防ごうとしていた。思い出せば当時、英国内では牛肉がほぼ一斉にスーパーから消え、代わりにオーストラリアから輸入された「エミュー」の肉が並んでいた。そういえば、あの時初めてエミュー肉を食べたのだった。

日本でも宮崎をはじめとする各地で「口蹄疫」が流行ったことがあるが、「狂牛病」=死者が出た=人間にうつる、というイメージを植え付けないための情報操作のようにも感じる。これは単に口蹄疫は人間にはうつらないが、狂牛病はうつると一般的にはいわれているからだ。そう思う根拠は、イギリスで騒動になった頃も最初は「foot-and-mouth disease(口蹄疫)」とされていたが、死者が出た頃から「mad-cow disease(狂牛病)」と変わったように記憶している。

狂牛病=BSEとは?

 狂牛病=BSEは、スクレイピーという神経を冒す病にかかり、プリオン異常が起こった羊の残骸を餌として与えたことから、牛に感染。本来は人には感染しないと言われていた羊の特有の病だったはずのスクレイピーが人間に感染したと言われている。

 そして、こうした経路でBSEにかかった牛が、さらに肉骨粉となり、家畜飼料として世界中に散らばり、各地で狂牛病が発生した、と信じられている。(注:オーストラリア、ニュージーランドは輸入していないため、発症していない)

 「狂牛病」騒ぎの発生源がイギリスだったことから、当時の発症元はイギリス国内だけと思いがちだが、実は、イギリスに比べると数は少ないものの、イギリスで最初の発症者が出たのとほぼ時を同じくして、ヨーロッパ各地で発症していたのだ!(参考資料 , ドイツのレポート, ポーランドのレポート

 ここで、ふと、あることに気が付いた。それは、「チェルノブイリ原発事故後に、イギリスも放射能汚染されたのだから、狂牛病はそれと関係ないのだろうか?」ということ。

遺伝子の異変によっても起こる狂牛病

 まず、狂牛病について、もう一度おさらい。Wikiに興味深い記述を発見した。(参照

2008年9月11日、米国農務省(英語略:USDA)動物病センター(英語:National Animal Disease Center/UADC)で研究を行ったカンザス州立大学のユルゲン・リヒト(Jurgen Richt)教授は、BSEの病原体である異常プリオンは外部から感染しなくとも牛の体内での遺伝子の異変によって作られ、BSEを発症する例につながると発表した。この発表は2006年アラバマ州でBSEを発症した約10歳の雌牛の遺伝子の解析から異常プリオンを作る異変が初めて見つかったことによる。人間でも同様の異変が知られ、クロイツフェルト・ヤコブ病を起こす。

つまり、外部から感染しなくても、遺伝子異常で起こる可能性があるということ。

 ということは、やはり、チェルブイリから約2000キロも離れたイギリスまで届いたという、原発事故由来の放射性物質による可能性も否定できない。放射性物質による被曝で遺伝子異常が起こる可能性があることは、よく知られている事実だ。

チェルブイリ原発事故と狂牛病発生時期は重なるという事実

 さらに様々な文献をあたっていて、興味深いものを発見した!

 それは、ハンガリーのブタペスト技術経済大学Budapest University of Technics and Economyの博士課程の学生が2000年に発表した研究論文だ。原文のまま、該当箇所を抜き出してみる。

The Chernobyl accident occurred at 01:23 hr on Saturday, 26 April 1986, when the two explosions destroyed the core of Unit 4 and the roof of the Chernobyl reactor building.

In Britain, the first cases of the Mad Cow Disease can be dated back to 1986, in the same year when the Chernobyl accident occurred.

 まず、チェルノブイリの原発事故で炉心が破壊され、2度の爆発が起こったのが1986年4月26日土曜日の1時23分であることに触れ、イギリス国内で最初の「狂牛病」が発症したのが同じ1986年に遡ることができると指摘している。このことが示すのは、私が在英時代に狂牛病が騒動になったのは初の死亡者が出たからであって、実はその前から発症していた患者はいたということ。裏を返せば、1986年以前には発症していないということだ。

The Chernobyl accident occurred 15 years ago, nevertheless the caesium-137 (half-life: 30 years) radionuclides and strontium-90 (half-life: 90 years) radionuclides could be the most likely candidates for causing the MadCow Disease in cows and the Creutzfeldt-Jakob Disease in humans.

 そして、チェルノブイリの事故は15年前ほど前のことだが、セシウム137(半減期30年)やストロンチウム90(半減期90年)といった放射性物質が大量に放出されたことに触れ、それらが狂牛病および人間に発症するクロイツフェルト・ヤコブ病を引き起こす有力な候補となる、としている。

 つまり、チェルノブイリ原発事故由来の放射能で牛たちが被曝したことで、遺伝子異常が起き、BSE=狂牛病が発症したのではないか?ということになる。

放射能という目に見えない敵が放つ、形を変えた攻撃

 この研究論文では「科学界は、チェルノブイリ事故の影響を一部分しか究明しておらず、こうした知らない事実が多いにもかかわらず、英国政府もそうした事実を心配もせず、調査しようともしていない」と指摘する。この論文以外にも、調べてみると「狂牛病とチェルノブイリ事故の関連性は否定できない(明らかになっていない)」とする意見もかなりあるようだ。

 チェルノブイリ原発事故は、旧ソ連下にあったということもあり、事故の検証も完璧にはできていないばかりか、放射能が人間や生物、植物などの生態系に与える影響も、いまだよくわかっていない。しかも、突き詰めて調査研究もできていない(事実は「公表されていない」が正しいかも?)…というのが今の現状なのである。それは、そうした調査研究ができるだけの国力のある国のほとんどが原発推進国である、ということと無関係ではなさそうな気がする。

 …と、ここまで書いて、ピンとくる人もいると思うが、今回の福島の原発事故により、今後、狂牛病のような(もしくはそれ以上の?)わけのわからない病気が蔓延する可能性もあるということ。また、上述のWiki引用文にあるように「人間でも同様の異変が知られる」ということも、一応留意しておくべきだろう。放射能という目に見えない敵が仕掛けてくる攻撃は、後で形を変えて現れることも否定できない……ということを忘れてはならない。

続)放射能と狂牛病の奇妙な関係 (2012 年 9 月 27 日付け)

【参照】

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Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
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