続)放射能と狂牛病の奇妙な関係

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 昨年7月に、「チェルノブイリ原発事故(放射能)と狂牛病の奇妙な関係」について触れたが、その後もいろいろと狂牛病に関して調べていたら、興味深い事実が次々とわかってきた。

 まず、ひとつめは、狂牛病(mad-cow disease)というのは、日本の厚生労働省なども認めているように「1986年に英国で発見」されたことになっているが、実はこれ以前にも、「へたり牛」と呼ばれる狂牛病にかかった牛と同様の症状が出ていた牛が、まったくいなかったわけではないということ。「へたり牛」とは、脳神経が侵されてちゃんと立てなくなり、へたったように座り込んでしまうことから名づけられたものだが、こうした症状を発症した牛は、1986年以前にも発症ケースは少ないものの、いたのだという。

 そして、それはイギリスだけでなく、アメリカでも見られていたということ。ちなみに、アメリカにおける狂牛病感染例は4例しかないことになっているが、この「へたり牛」に関しては、アメリカ国内で初の狂牛病が確認される以前からあり、この肉が市場に流通し、度々問題にもなっている。このあたりのことについては、(できたら)また回を改めてご紹介したいと思う。

 では、なぜ1986年に英国で発見された、ということになっているかというと、それは、この年を境に爆発的に増え、「狂牛病=mad-cow disease」と命名されて、正式に認められたからだ。ここで再度繰り返すが、1986年はチェルノブイリ原発事故が起こった年である。

 ※「mad-cow disease(狂牛病)」と「BSE」は同じもの、そして、「foot-and-mouth disease(口蹄疫)」も同様と考えていい。その理由はこちら。口蹄疫は、口蹄疫ウイルスの感染によって発症すると言われ、狂牛病はプリオン異常が引き起こすと考えられているが、狂牛病のプリオン異常については確定的な証拠はまだない。

 そして、二つめと三つめは、放射能と狂牛病の関連性をさらに強く示唆する以下の事実。

狂牛病を発症した牛はチェルノブイリ事故の翌年生まれが多い

 チェルノブイリ原発の事故が起こったのは、1986年の4月。英国で狂牛病が発見された(認定されたというべきかも…)のは、同年11月。その後、数年間で爆発的に増加した。しかし、最も多くの牛が発症したピークは、それから6年後の1992年から1993年にかけてだそうだ。

 九州大学の調査によると、「狂牛病を発症した牛の誕生年を調べると、1987年に誕生した牛が最も多いことが判明した」とある。つまり、チェルノブイリ原発事故の翌年に誕生した牛が、狂牛病を発症しやすかった、ということだ。

 ちなみに、肉用牛の妊娠期間は、平均285日(280~290日)間(参照)。母牛は妊娠期間中に原発事故に遭い、被曝したであろうことが示唆される。また、直接事故による被曝でなくとも、放射線量の高い時期に妊娠していたことは事実だろう。

 上記のことから、ピーク時が1992~1993年だとすると、産後すぐに発症するよりも、生まれてから5~6年後に発症するケースが多いということになる。そういう意味では、狂牛病がもし原発事故等による放射能と関係があるとすれば、他の放射能との関連性が疑われる甲状腺疾患や癌などと同様、本体または母体(妊娠期)の被曝から数年後に発症するケースが多いといえるのかもしれない。

 また狂牛病関連では、原発事故に右往左往している間に、来年初めにも、日本の牛肉に対する輸入規制が緩和されることになった。BSE(狂牛病)対策として現在実施されている輸入規制では、月齢「20カ月以下」の牛に限られているが、これを「30カ月以下」に緩和するという。(参照:牛肉の輸入規制緩和 BSEの不安拭えるか

福島原発事故後にも狂牛病が発生

 福島原発事故から約1年経った2012年4月、アメリカ西海岸のカリフォルニア州の乳牛に狂牛病=BSE発症が確認された。(参照:カリフォルニア州乳牛で狂牛病確認、流通網に入らず-米農務省アメリカで6年来初めてのBSE 非常に稀な非定型BSEというが徹底的検証が必要

 そして、この牛は、これまで狂牛病の感染経路とされてきた「汚染された動物性飼料」からの感染ではないという。以下、CNNの日本語ニュースより該当部分を抜粋。(参照

BSE感染はカリフォルニア州中部の乳牛で確認された。米当局によると、感染牛は人間用の食肉の処理工程には入っておらず、感染源は汚染された動物性飼料ではないとみられる。

 BSEは大抵の場合、肉骨粉などの動物性飼料を通じて牛に感染する。しかし農務省によれば、今回確認されたのは特異な形態のBSEで、飼料汚染が原因ではないようだという。

この記事で最も興味深いのは、感染経路が「飼料ではない」、と米当局が言明したことだろう。では、何が原因だったのか?については、その後の発表はないままに、この問題もウヤムヤになってしまった。

 また、狂牛病ではないが、2011年半ばに欧米で「スーパーサルモネラ菌」が流行、8月にはアメリカで死者がでる騒ぎとなった。このスーパーサルモネラ菌の発病は3月に遡ることができる、と英デイリーメール紙は伝えている。(参照:One dead in turkey salmonella outbreak across US

 ちなみに、ここでも書いたが、イギリスで狂牛病騒動が起きた際も、サルモネラ菌が流行した。

 一方、原発事故と狂牛病との関連性に目を向けるとどうか? これは、もう既にご存じの方も多いと思うが、福島原発から放出された放射性物質は、偏西風に乗り、事故から数日後には、既にアメリカ西海岸に届いていた。このことは、オーストリア気象地球力学中央研究所(ZAMG)のシュミレーション・データを見てもよくわかる。(※画像クリックで本サイトへ飛びます)

福島第一原発から放出された放射能拡散の様子 -オーストリア気象地球力学中央研究所(ZAMG)のデータ
 また、2011年3月17日にアメリカCBSで放送されたニュースでも、翌日の18日には西海岸に到達する、と報道している。

 チェルノブイリ原発事故と共にイギリスで狂牛病が確認され、その後数年で爆発的に増加。イギリスをはじめとする欧州各地で被害は拡大し、死者を出すまでになった。そして、今度は福島原発事故が起き、その1年後にアメリカで狂牛病が確認された…という事実。福島原発事故の数年後は、一体どうなっているのだろうか?

<追記2012.11.7>IAEAの『NUCLEAR GLOSSARY(核用語集)』に「BSE」が入ってるのも興味深い。

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Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
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宅地開発や道路拡張で棲家を奪われる動物たち ~エコレポ「オーストラリアの野生動物保護」

宅地開発や道路拡張で棲家を奪われる動物たち~エコレポ「オーストラリアの野生動物保護」
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 エコナビで連載中のコラム『オーストラリアの野生動物保護』、Vol.3 「宅地開発や道路拡張で棲家を奪われる動物たち」が先週アップされました!

 近年は人口増加に伴う宅地開発や道路拡張が進み、野生動物たちの棲む場所がどんどん狭めらています。シドニー郊外の通勤圏には、かつてたくさんのコアラが生息していたコアラの営巣地がありました。しかし、住宅開発が進んで・・・

 そして、宅地が開発されていくと、新しく道路が作られたり、道幅の拡張工事などで動物達の交通事故も増えています。野生動物が交通事故にあってしまったら、放置しないで、しなければいけないことがあります。それは、オーストラリアの固有種でもある有袋類ならではの、ちょっと意外なこと・・・

 そんな、意外に知られていない話題をご紹介しています。動物好きな方はもちろん、そうでない方も、ぜひ一度読んでみてください!

★エコレポ・オーストラリアの野生動物保護 Vol.3「宅地開発や道路拡張で棲家を奪われる動物たち

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保護の対象となる野生動物 ~エコレポ「オーストラリアの野生動物保護」

保護の対象となる野生動物は?~エコレポ「オーストラリアの野生動物保護」
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 エコナビで連載中のコラム『オーストラリアの野生動物保護』、Vol.2 「保護の対象となる野生動物は?」が先週アップされました!

 オーストラリアの固有種は、他の大陸には生息しておらず、絶滅危惧種が多いため、政府が法律を制定し、保護しています。そうした中、人間に危害を加える動物も保護対象であったり、住民にとっては時に迷惑であっても、勝手に駆除できないなどの問題もあります。

 こうした問題を解決するため、市民と保護団体が一体となって取り組んでいるのが、オーストラリアの野生動物保護の実態です。今回のコラムでは、住宅街での巨大ニシキヘビ出現など、実際起きた事件を織り交ぜながら、保護の対象となる野生動物についてご紹介しています。

 オーストラリアではどのように「野生動物の保護が行われているのか?」を少しでも感じ取っていただければと思っています。

★エコレポ・オーストラリアの野生動物保護 Vol.2「保護の対象となる野生動物は?

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オーストラリアにおける反原発・反核運動

70年代のビクトリア州での反核デモ行進(メルボルン大学所蔵)
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 かつて、イギリス領であったオーストラリアは、1950年代から1960年代にかけて、イギリスによる核の実験場にされてきた暗い歴史がある。当時、まだ情報伝達方法がほとんどない僻地での実験は、一般市民に知られることはほとんどなかった。

 しかし、実験の内容を知らされることなく、無防備に実験に接していた豪兵士らが健康被害を訴えるなどし始め、表沙汰となり、市民による本格的な反核運動が始まったと言われている。1957年に行われた世論調査では、49%が核実験に反対、39%が好意的に受け止めている、という結果だったそうだ。(イギリスによる核実験で最も被害をこうむっていたのは先住民族アボリジニだったが、この頃はまだアボリジニへの関心が持たれることは皆無に等しかった)

最初の原発反対キャンペーン

 Anti-nuclear movement(反核運動)が、オーストラリアで最初に大きな市民運動となったのは、1969年にニューサウスウェールズ州で一旦認可された「ジャービスベイ原子力発電所」建設計画の時。ジャービスベイ住民らが『原発反対キャンペーン』を展開、市民が率先して環境問題を絡めた勉強会などを開き、知識を高めたそうだ。

 そうした反原発の波が各地へ伝播。民意を受けるような形で、首相が反原発派へ交代し、火力より原子力のほうがコストが高いと、財政上の理由を持って原発計画は白紙に戻された。

活発化する反核運動

 70年代に入り、南太平洋におけるフランスの水爆実験への反対行動が活発化、さらに、ウラン鉱山周辺での環境汚染に対する抗議行動などが加わり、オーストラリアの反核運動はより大きなうねりとなっていく。また、1972年末の総選挙で反原発の労働党が勝利したことで、世界的にも「原子力の平和利用」を推進する立場を明確にした。その後もこの流れが衰えることはなく、こちらのエントリーで書いたように、再び持ち上がった本格的な「原発建設」の動きにストップをかけるほど、今では市民の反核意識はより一層強固なものになっているといえる。

 こうした市民の根強い反核精神の表れは、日本の『原爆記念日(原爆の日)』にも強く感じることができる。毎年この日に合わせ、オーストラリア各都市では、被曝者の追悼と戦争への反対と共に、反核を訴えるラリー(デモ行進)や集会が行われている。(例:パースのHiroshima and Nagasaki Day、シドニーのHiroshima Day Committee)それに引き替え、日本は当事者でありながら、主には広島と長崎の市内で追悼式が行われる程度ではないだろうか。

核の危険性を科学者や専門家らが大々的に告示

 上述のジャービスベイ原子力発電所への反対キャンペーンが行われた際、科学者ら専門家で結成する連合より、生命を守るという観点から「原発=核の危険性」が大々的に報告されたという。それによって、市民は「核の危険性」を強く認識し、自発的に情報収集や勉強会を開くようになった、と言えると思う。

 その後も、科学者および専門家による勉強会や講演会は各都市で開かれ、その度に大勢の一般市民が集まっている。ちなみに、2006年にメルボルン大学で開かれた「Does nuclear power have a place in Australia’s energy mix?(オーストラリアのエネルギー政策として、原発は可能性があるか?)」という講演会には、温暖化の議論に拍車がかかっていたこともあり、200人以上が詰めかけたそうだ。

 こうした専門家の知識を一般市民と共有する=「知」の共有という意識は、オーストラリア国民に根強くある『フェア・ゴー(fair go)』や『マイトシップ(mateship)』の精神とも無関係ではないように思う。これらについての説明は、オーストラリア政府が作成した日本語パンフレットから、該当部分を以下に抜き出してみる。全文はこちらで。

<フェア・ゴー精神とは>

オーストラリア人は機会の平等と、よく「fair go」と言われる公平の精神を重視します。これは
誰かが人生で達成する事柄はその人自身の才能や仕事、努力の結果であるべきで、出生の偶然や
えこひいきによるべきものではないという意味です。
オーストラリア人には、相互尊重、寛容、公平な態度を大切にする平等主義の精神があります。
これは誰もが同じであるとか、皆が等しい富や財産をもつという意味ではありません。これが目
的とするものは、オーストラリア社会に公式な階級の区別がないようにすることです。

<マイトシップ精神とは>

オーストラリアには「mateship」という強い仲間意識の伝統がありますが、これは人々が特に困ってい
る人を自発的に助けることを意味します。仲間(mate)とは友人であることが多いですが、配偶者やパー
トナー、兄弟姉妹、息子や娘、友人であることもありますし、まったく知らない人である場合もありま
す。この国には社会奉仕やボランティア活動を行う強い伝統もあります。

注意)もちろん、これらが完全に全国民に根付いているわけではないですし、だからといって、差別がまったくないとか、すべて平等だというわけではありません。実際この国で暮らしていると、そうではない部分ももちろんあり、理不尽なこともたくさんあります。「概ね、こうした傾向にある」ということで、ご理解いただければ幸いです。

市民の反核運動を支えた2人の医師とウラン採掘問題

 こうした市民の強い反核精神を支えたのが、放射能の危険性を人体への影響面から訴える医師たちの存在といえそうだ。とりわけ、日本でもお馴染みになった小児科医のヘレン・カルディコット氏とメルボルン大でも教鞭をとる医師のティルマン・ラフ氏は、オーストラリア反核運動の先導者でもある。この2人は、福島原発事故に際しても、すぐさま声明を出してくれているので、ご存じの方も多いかと思う。

 私たち人間の体と健康についてよく知る医師たちが、核=放射性物質の人体への影響を懸念し、その危険性を訴えるという直接的な行動をとることにより、市民の関心をより一層引き付け、反核の大きな原動力になったことは、いうまでもない。

 また、反原発運動の流れの中で、核の原料となるウランを輸出するオーストラリアこそ、ウラン採掘を止め、率先して核廃絶に努めなければならないという声も、国内では年々大きくなっている。この市民の反核運動を支えた2人の医師、そして、ウラン採掘に関する問題については、また回を改めてご紹介したいと思う。

州法で民意を反映、反核・反原発を明確に

 こうした流れを受け、1986年にはニューサウスウェールズ州で「URANIUM MINING AND NUCLEAR FACILITIES (PROHIBITIONS) ACT 1986 /ウラン鉱山、原子力施設(禁止事項)」が制定され、ウラン探査・採掘と原子力施設の建設を州法によって規制。これをきっかけに、ビクトリア州も同様の州法を制定。タスマニア州とクイーンズランド州でも「原発及び核施設、放射性廃棄物を阻止する州法」を制定した(参照)。(西オーストラリアでも「ウラン探査・採掘規制法」があったが、2008年に撤廃。現在は採掘事業を後押しする形になっている)

 アメリカ同様、連邦制で各州が大きな権限を持つオーストラリアは、このように各州が独自に核・原発を規制する州法案を制定し、州の民意を示す形となっている。

【参考】 -オーストラリアにおける反核運動の成功を紹介

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シドニー、小規模ローカル発電でオフィスへ電力と冷暖房を供給

オーストラリア随一の都会・シドニー
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 2030年までに炭素(二酸化炭素)排出量を70%削減する、という大胆な目標を打ち出したオーストラリア政府。目標実現に向けて、各自治体も動き始めた。

 国内随一のビジネス街であるシドニー市は、コジェント・エナジー社と提携し、低炭素の小規模ローカル発電で、各オフィス・ビルに電気、冷房、暖房の3つを提供する「コジェネレーション・システム」による『トリジェネレーション』を稼働させる。

 シドニー市は「地球上のたった2%程度の都市部に、50%以上の人口が集中している。この都市部で3分の2のエネルギーが使われ、約70%の二酸化炭素が排出させる。シドニーのような都市で率先して二酸化炭素排出を削減することが必要だ。」と言う。

コジェネレーション・システムとは?

 コジェネレーション・システムとは、電気と熱を同時に供給するシステムのことで、シドニー市では天然ガスを燃料とする発電システムを導入し、発電と共に出る熱を冷暖房にも利用。これを大規模発電所からの送電に頼るのではなく、ローカルサイドで行うことで、発電所からの送電費用をゼロにし、電気料金自体を約半額に抑えることができるという。(参照

 シドニー市の場合では、このシステムを導入することにより、従来の火力発電所と比べ、2倍以上の効率で、40~60%の二酸化炭素排出削減が実現可能と試算している。実は、既に1つのビルディングのみに供給するシステムを試験稼働させており、今後はこれをネットワーク化し、拡張していくのだそうだ。

 今回、シドニー市が最初にこのシステムを導入するのは、CBD(Central Business Districtの略)と呼ばれる市内中心部のビジネス街の4エリア。2030年までには、太陽光発電や風力、廃棄物によるバイオマスなどの再生可能エネルギーも含め、市内70%の電力の自給自足を目指す考え。

 #ちなみに、3 重を意味するTri(トリ)は、電気、冷房、暖房の3つを意味し、排出された二酸化炭素をも利用するという、トリジェネレーション・システムを意味するわけではないらしい…(^_^;

【参考資料】

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オーストラリアが原発を持たない理由

アメリカで起こったスリーマイル島原発事故、当時の写真
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 世界一のウラン埋蔵量を誇り、世界有数のウラン輸出国でもあるオーストラリア。だが、国内に原子力発電所はひとつもない。

 しかし、過去にはオーストラリアでも原発を推進する動きがあった。2006年、当時のハワード首相は、人口当たりの二酸化炭素排出量が世界一とも言われるオーストラリアがその排出量を減らすためには、原子力発電が最も有効な手段であるとし、15年以内に最初の原発を、そして2050年までに国内に25基の原発を建設するという案を打ち出した。

 なにしろ、オーストラリアは火力発電の燃料でもある石炭も世界有数の埋蔵量を誇っており、エネルギー安全保障の観点から「原子力」政策を打ち出すことは困難だ。ちなみに石炭資源は、300~500年分くらいは十分にあるという。(参考:世界各国の石炭埋蔵・採掘・輸出入量などをグラフ化

オーストラリアこそ原発に最適な地

 原発を推進し始めたハワード元首相は当時、「燃料になるウランは潤沢にあり、使用済み核燃料などのゴミがでても、人の住んでいない土地がたくさんある広大な国土に処分する場所はいくらでもある。(上記の案通り)2050年までに25基の原発が稼働すれば、国内の3分の1の電力をまかなうことができ、CO2排出量も18%削減できる」…と、まさに“いいことづくめ”だと強調。首相直属の原子力を検討する特別委員会を設置すると発表した。当時の産業界もこれに歓迎の意を示した。

 なのに、なぜ原発建設は具体的にならなかったのか?

国民が拒否した原子力発電

 それでもいまだにオーストラリアに原発がないのは、一言で言ってしまえば、国民が拒否したから。といえると思う。

 連邦政府による原発に対する政策転換の発表を受け、当時のクイーンズランド州知事は「連邦政府が強硬に原発を推進しても、州の民意に従い、州法によって断固阻止する」との談話を発表。2007年には実際に「原発及び核施設、放射性廃棄物を阻止する州法」の施行に踏み切った。(参照:New law bans nuclear power in Qld)ちなみに、当時の各州政府はすべて、連邦政府とは対局の立場にある野党=労働党であった。

 また2006年、特別委員会設置の発表前にインターネット調査機関Newspollが行った世論調査では、原発建設に賛成38%、反対51%と反対が根強かった。しかし、特別委員会発足後、Morgan Pollが行った世論調査では、反対37%、温室効果ガス排出削減のためならば原発を支持すると答えた人の割合は49%に達したが、87%が放射性廃棄物の処分に有効な手立てがないことを問題視した。

 つまり、使用済み核燃料をはじめとする「Nuclear Waste=核のゴミ」を安全かつ無害に処分できないならば、原発は困るという意見が大半だったのだ。国土のそこかしこに核のゴミがばら撒かれることを拒否したオーストラリア国民。放射性物質で土地が汚れることを嫌がったのである。

 放射性物質で土地が汚染されてしまう恐れを生む電気は要らない!

 …というわけで、オーストラリアの電力は、前回のエントリーにも書いた通り、再生可能エネルギーの割合を増やすことを模索しつつ、いまのところ主力は火力発電のまま、自国に豊富にある石炭を使っているにもかかわらず、日本よりも高い電気料金を払い続けている…ってわけです。。。(涙)

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原発29基分の再生可能エネルギー、日本の高温岩体地熱発電

温泉との共存が問題視される地熱発電
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 ほぼ無限に存在する、地底に眠る膨大な熱エネルギーといえる「ホット・ドライ・ロック=高温岩体発電」。前回のエントリーで紹介したオーストラリアにおける地熱開発の主力である、この高温岩体発電の秘めた可能性や利点については、こちらを読んでいただくことにして…

 高温岩体発電は、日本でもまったくやっていないわけではなく、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)が山形県肘折地区で、電力中央研究所が秋田県雄勝町などで実験的に行っているのだそうだ。

 ちなみに以下の、2001年度に制作された「高温岩体地熱発電」について紹介する動画ニュース(サイエンス・チャンネル)によれば、日本における地熱発電はすべて合わせても、国内の需要電力の0.4%程度。温泉大国であり、世界の地熱ポテンシャル第三位でありながら、かなり少ないと言える。(地熱ポテンシャルマップ

↑とてもよい動画だったに、ここで紹介した後、なぜか削除されてしまいました…

日本における高温岩体地熱発電の潜在力

 上記以外にも、この方式の地熱発電が可能な地域が日本全国に数多く点在している。上の動画にも登場している電力中央研究所・地球工学研究所の海江田秀志氏も、この高温岩体地熱発電について「火山国の日本では国内のほぼ全土で開発可能性がある。日本に適した発電方法」と指摘する。(参照:国内全土で開発可能 日本に適した高温岩体地熱発電 by 日経エコロジー)

 電力中央研究所による平成元年時の試算では、高温岩体発電可能性地域16ヶ所で、合計38,400メガワット=3,840万キロワット の発電が可能と評価している。(参照:高温岩体発電の開発 by 電力中央研究所)

 また平成5年度に、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)が国内の有望視される地熱地帯29カ所で行った調査では、2,900万キロワットの発電が可能で、「この調査の対象となった地熱地域の合計面積は、日本の国土面積の0.3%に過ぎないので、実際にはもっとあると考えても良い」と付け加えている。(参照:次世代型地熱エネルギーの開発-高温岩体発電システムの開発

 電力中央研究所による評価は、国立公園など開発しにくい地域も含まれているらしいので、NEDOの評価による2,900万キロワット程度が実際すぐに可能と考えても、およそ原発29基分に相当する発電力を秘めていることになる。 注意)原発一基で約100万キロワット=1,000メガワットと言われている。

原発推進と共に、政府や電力会社が開発に圧力?

 しかしながら、いまだに積極的な調査も開発も行われていないのが現状のようだ。というのも、この発電方式がまかり通ると、上述からもわかるように「原発は要らなくなる!」となり、それを封殺する暗黙の圧力があるから、とも言われている。

 日経エコロジー2010年2月25日付けの記事「なぜか10年新設がない地熱発電 眠れる巨大資源のハードルとは?」(参照)によれば、日本における地熱開発の遅れは、コストや温泉との共存だけでなく、政策面での冷遇も、事業環境の悪化に拍車をかけたとある。新エネ利用促進法=RPS法の施行とともに、地熱発電は国が定める「新エネルギー」の枠組みから外れた、のだそうだ。

 1993年に発売された雑誌『週刊朝日』にも「21世紀の新エネルギーになれるか 高温岩体発電スイッチオンへ」という記事が掲載されたのだが、この記事を書いた記者はこの後、左遷されてしまったという噂もあるという。(参照

 また、2006年にスイスで行われていた高温岩体地熱発電所の建設の際、周辺地域でM3.4の地震が起き、発電所建設に伴う掘削のせいだと提訴され、結局、計画の白紙化を余儀なくされた事件があったのだが、これもまた、原発維持のための圧力とみる向きもあるという。(参照)というのも、州政府をはじめ各方面からの支援で始まったプロジェクトであるにも関わらず、電力会社の社長ら、個人が訴えられるという奇妙な裁判なのだそうだ。(参照1, 参照2

 そもそも、掘削が原因で地震を誘発した、というのなら、高層ビルも建ててはいけないことになる。高層ビルを建てる際には、大深度の地下掘削工事を伴う。例えば、オーストラリアで1、2を争う超高層ビルの「Q1」は、このビル同等程度の深さの基礎を造ったと聞いている。日本における高温岩体発電では、3km以上深く掘れば、300~400℃の熱を持った岩盤が存在するという。

 とはいえ、日本のように地震を誘発する活断層などが多い場合は、掘削する箇所を慎重に選ぶ必要があるだろう。(このページのコメント欄の論議が参考に→参照

燃料費はタダ!ランニングコストのみで発電

 「高温岩体発電で原子力はもういらない」と書いた記者が左遷されたかどうかの真偽はさておき、この記事によれば、高温岩体発電の1キロワット当たりの原価は、12円70銭と試算されている、とある。原発では9円(この数字も操作されているという指摘もあるが)となっているので、高いとはいえ、水力発電並みということになる。コスト面をことさら強調するほど、高い電力とも思えない。

 なにしろ、この高温岩体発電を含め、地熱発電は基本的な燃料費がかからない。発電施設さえ建設してしまえば、後は、動力ポンプなどのわずかな燃料を必要とする機器を動かすランニングコストだけで、ほとんど0円で発電できる。

 原発がいかに危険で、不安定な供給しかできない発電所であったか、今回の福島第一原発事故および40数年来初めての全原発停止で騒がれる停電問題でわかった今、日本は大きなポテンシャルのある地熱開発に全力で取り組む時ではないだろうか。

【参考サイト】 未利用地熱資源の開発に向けて -高温岩体発電への取り組み- by 電力中央研究所

【関連コラム】 オーストラリアの地熱、26,000年分の電力供給が可能
         日本こそ、世界一の地熱発電先進国に!

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