エコレポ新シリーズ「オーストラリアの野生動物保護」始まりました!

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 財団法人環境情報センターが運営する環境を考えたエコライフを応援するサイト『エコナビ』内で7回に渡ってお届けしてきた『自然と共存するオーストラリアの住まい』が一区切りし、今月より新シリーズ『オーストラリアの野生動物保護』が始まりました!

 ゴンドワナ大陸から引き継いだ自然が残るオーストラリアに生息する、他の大陸にはみられないユニークな動物たちを政府や自治体をあげて保護しようとしているオーストラリア。

 その大きな原動力となっている民間ボランティアの活動を通じ、この国で行われている野生動物保護の実態をご紹介したいと思っています。私自身が体験した保護活動や固有種の個体数減少問題も取り上げていく予定です。

 その第一回では、私もボランティアとして携わるオーストラリア最大の野生動物保護団体WIRESの取り込みなどをご紹介しています。

★エコレポ・オーストラリアの野生動物保護 Vol.1「オーストラリア最大の野生動物保護団体

About Me
Miki Hirano平野 美紀 
自然に魅せられ、6年半暮らしたロンドンからオーストラリアへ移住。トラベル・ジャーナリストとして各種メディアへの執筆、ラジオ/テレビ出演などで情報発信しながら、メディア・コーディネーターや旅行情報サイトの運営も。目下の関心事は野生動物とエコ。シドニー在住20年以上。詳細なプロフィールはこちら。
執筆依頼、取材代行、メディア・コーディネート等、承ります。お気軽にお問い合わせください。

敵国の大将を招いたアンザック・デー

タイの泰緬鉄道建設で最も過酷だったと言われるヘル・ファイヤー・パス。ここで、多くのオーストラリア兵が亡くなり、先日もアンザック・デーの式典が行われた。
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※このエントリーは、私(平野美紀)が、2005年4月27日に執筆したものです。ODNの公式サイト内で連載していたブログ記事の1つとして公開され(のちにソフトバンクテレコムに買収され終了)、今年2012年のアンザックデーに寄せて再アップしました。

 今年はアンザック・デーのことについて触れるつもりはなかったのだけれど、今年新たに数名の方から昨年の記事にトラックバックをいただいたので、ちょっとだけ今年の様子はどうだったのか?ということなど、つらつらと書いておこうと思う。

敵国の大将を招いて行われた式典

 今年のアンザック・デーは、ご存知の通り、現在も尚、軍隊を駐留させているイラクへのさらなる増派が行われ、かの地でもアンザック・デーの式典が開催された。このイラクへの派兵は、日本の報道機関でも伝えられてると思うが、日本の陸上自衛隊の安全確保と支援が主な目的。

 そのためもあってか、アンザック・デーの式典には、陸上自衛隊の責任者(もちろん日本人)も出席し、オースト ラリア国内で話題になった。それは、言わずもがな、日本はこの国=オーストラリアにとって、かつての戦争における敵国にも関わらず、今となっては『戦争記念日』的な位置づけになりつつあるアンザック・デーに、敵国の大将を招いたような格好だからだ。これには私も、ちょっと、いや、かなり衝撃を受けた。

 でも、これに対し「なんで敵国の人間を出席させるのか!」と言ったような、怒りの世論は起きていない(…というか聞かない)。イラクへの派兵を純粋に反対する声は少なからずあるけれど、「なぜ、“元敵国であった日本”を守るためにイラクへ派兵しなければならないのか!」と言ったような怒りの声もとくにない。

 ちょうど時を同じくして中国各地で起きた反日デモ(…というか、あれはもうテロに近い)に比べ、まったく対照的だ。オーストラリアも中国と同じく先の戦争では、日本が敵国。なのに、この両国の対応(反応)はあまりにも違いすぎる。

オーストラリアと日本は、昔から友好国

 この件で、ハワード首相は自ら「日本とわが国は、昔から友好国であり、長年助け合ってきた。日本の自衛隊を護衛するために、派兵を決定した」と国民に理解を求める声明を出している。

 #この「昔から友好国」という部分には、第一次世界大戦におけるアンザック隊を護衛した日本海軍への恩返しという意味も含まれるんじゃないかと思う。以下にオーストラリア大使館のサイトで公開している資料『日豪国防協力の今昔』より、該当部分を転載。

実はこのオーストラリアとニュージーランドの軍隊輸送を戦場に護衛する役割を日本の軍艦が果たしていた。-(中略)-日本は、志願して集まったオーストラリア兵とこれに加わったニュージーランド兵、合わせて3万人を乗せた最初の輸送船団38隻をドイツの攻撃から守り、インド洋を護送する要請を受けたのである。

 このあたりのことを知らない日本人が多いために、「アンザック・デーは日本人にとって嫌な日」などと、誤解を招いているのかもしれないけれど、アンザック・ デーの本来の意味=アンザック隊からすれば、恨まれるどころか、反対に感謝される立場でもあり、オーストラリアにとって日本は、(戦争においても)決して悪い イメージばかりではない。

前向きに、協力し合える関係を築くのが大切

 実はこの前行った東南アジアの国で、オーストラリアが建てたという戦争記念館(もちろん第二次世界大戦の。以前、タイのカンチャナブリーにあるのにも行った) に、オージー達と共に行かねばならないはめになったのだけれど、その中のひとりである60代のおじさんが、日本軍の行った数々の行為についての展示を見終え、落胆していた私(だって、返す言葉もないというか、何も言えませんよ…)をわざわざ呼び止め、こう言って心を和ませてくれた。

 「歴史を知ることは重要だけれども、昔のことを根掘り葉掘り並べて、悪印象を持つようなものはよくないし、意 味が無い。こんなこと(日本軍が行った残虐とも言える行為)を知らしめたところで、何かがよくなることはないし、何も変わってないじゃないか。そうだろ、今 だって世界各地で戦争しているのだから。もっと前向きに、協力し合える関係を築くのが大切なんだよ。」

 …おじさんの温かい心遣いに、ちょっと涙がでた。

 で、結論として何が言いたいのかというと、日本は反日感情むき出しの中国のことは置いといて、もっとオーストラリアとの関係を強化したほうがいいんじゃないかということ。中国は所詮、オーストラリアから資源を売ってもらわないと成り立たないわけだし、資源も農産物も豊富(前にも書いたけど、自給率は300%以上!)であるオーストラリアは、結構お役に立つと思いますけど??…と思いながらウェブ・サーフィンしてたら、極東ブログさんも似たようなこと書かれていましたね…

※先の戦争におけるオーストラリアの心情は、概ね「いつまでも昔のことにこだわっているより、前向きになったほうがお互いのためである」という意識が強いよう。もちろん、よく思っていない人が全くいないわけじゃないとは思いますけど。

【関連コラム】 アンザック・デーの憂鬱とマイト・シップ

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アンザック・デーの憂鬱とマイト・シップ

アンザック記念碑があるシドニー中心部のマーティン・プレイス
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※このエントリーは、私(平野美紀)が、2004年4月26日に執筆したものです。ODNの公式サイト内で連載していたブログ記事の1つで(のちにソフトバンクテレコムに買収され終了)、今年2012年のアンザックデーに寄せて再アップしました。

 昨日の日曜日(4月25日)は、アンザック・デーだった。なので、本日月曜日は振り替えとなり、一部の州を除いてお休み。(オーストラリアは州によって祝祭日が異なる)

アンデック・デーとは何か?

 第一次世界大戦時に、オーストラリアとニュージーランドで編成された「アンザック(Australian and New Zealand Army Corporationの略=ANZAC)」が、トルコ戦線突破のためにトルコのガリポリに上陸した1915年4月25日を記念した日。

 ちなみに、この作戦は大失敗に終わり、多くの戦死者を出した。

 このアンザック・デーには、オーストラリア国内各地と戦地となったガリポリで、亡くなった兵士達を追悼するための記念式典が行われる。

 しかし近年では、本来のアンザック隊及び第一次世界大戦関係者達(兵士や軍従事者、軍属医療関係者等)が高齢により少数になってきているということもあり、第一次世界大戦関係者だけでなく、その後の戦争も含め、参加した兵士や関係者達、遺族達全体を対象とした式典となってきている。だから今となっては、このアンザック・デーを一言で言ってしまえば、「戦争記念日」とも言える。

敵国は日本!

 第一次世界大戦以後の戦争には、もちろん第二次世界大戦も含まれる。オーストラリアにとっては、唯一の本土爆撃を受け、多数の戦死者を出した第二次世界大戦。

 しかも、その敵国は日本!

 おそらく今年あたりは、大多数がこの第二次世界大戦関係者になってきているとみられ、このアンザック・デーは年々、日本人にとって“居心地の悪い日”になってきている感じがしないでもない…。

 数年前から(いやそれ以前から?)在豪邦人の間では、「大使館から外出禁止令がでている」とか、「パレードにぶつかってしまったら唾を吐きかけられる」といった怪情報が流れたりするほどで、少しでもオーストラリアと日本との戦争のことを知っている日本人は、アンザック・デーが近づくにつれ、日々戦々恐々としている…と言っても過言ではないと思う。

 #もちろん、そんなこと全く知らないという人も多くなってきているようだし、唾を吐きかけられたり、罵倒されたりした人がいたという話は、今まで一度も聞いたことがない。ほとんどまったくのデマ情報なんだけど。

私達は日本のファシズムと戦争した

 そんなこともあって(?)アンザック・デーは、とくに用事がない限り外出はせず、いつも自宅で過ごすことが多い。でも、自宅で過ごしていても、テレビからは式典の様子や退役軍人へのインタビューなどの映像が次々と飛び込んでくる。

 やはり思っていた通り、今年は第一次世界大戦関係の生存者はあと6名となり、ほとんどが第二次世界大戦関係者と一部のベトナム戦争関係者になっているようで、第二次世界大戦で日本軍の捕虜=POW(Prisoner Of War)となった退役軍人の方がインタビューに答えていた。

 私が見始めたのは途中からだったので、どの隊に属していたか等の詳細は聞くことができなかったが、その退役軍人の方は、あの『死の鉄道(DEATH RAILWAY)』として知られる『泰緬鉄道』建設に従事した人であった…。

 実は元々、オーストラリアの元日本軍捕虜だった方々が、どのような見解をされているのか?日本に対してどのように思っているのか?、個人的にとても知りたかった。それは、イギリスの元POWの方々の中には、今でも日本を恨み、それこそ日本製品まで毛嫌いして一切使わないという人も少なからずいる…という事実をロンドンに住んでいた頃に知ったからだ。

 こうしたPOWの方々の心情を察してか、イギリスでは8月15日戦争記念日を名指しで『VJ Day(Victory over Japan Day:表記はoverの部分がinになるなど、いくつかある)』としているほどで、この事実はほとんどの日本人が知らないのではないかと思う。

 だから、同じように日本軍の捕虜となったオーストラリア人の方々がどのように思っているのか?これは、この国に住む日本人ならとくに、絶対に知っておかなきゃならないことだと思っている。

 くだんの退役軍人の方の話は、要約するとこんな感じであった。

 「たしかにあの頃は、大変でした。地獄だったとも言えます。正直なところ、ナガサキに原爆が投下され、(戦争が終わって)心の底から喜びました…、その後(被爆者のことや壊滅状態になった町など)のことを知らなければ。

 あの頃は、友人がどんどん増えた。日本人や韓国人の人達と一緒に風呂に入り、言葉はわからないけれども、日に日に友情が芽生えていった。それに引き換え、もうこの歳になると、年々友人達がこの世からいなくなってしまう…実に寂しいことです。

 私達は日本のファシズムと戦争したのです。

 戦争というのは人類にとって悲劇です。でもあの戦争で、私には日本人や韓国人などの友人(Mate)ができた。それはかけがえのない事実で、私の人生に置いて貴重な体験だったのです」

 インタビュアーから「イギリス人もいたわけですが、彼らからは過酷であったと様々な不平や憤りが表面化していますが、それについてあなた方はどう思いますか?また、最後にイラク戦争についてコメントをお願いします。」と質問され、さらにこう続けた。

 「彼ら(イギリス人捕虜)より、私達の方が適応能力があったということでしょう。私達は倒れてもまた起き上がれる力があった。でも、残念ながら彼らには無かった、そういう違いかも知れません。

 それに、日本軍からはジュネーブ協定に基づいて賃金をもらっていました(*)ので、それでドラッグ(大麻など?)を買ってましたねぇ(笑)。

 イラクのような遠いところのことに注力するのは、あまりいいことではないと思います。
国費も際限なくあるわけではないのだから、もっと近隣のことに力を注いだ方がいい。例えばアジアや南太平洋諸国のこととか、ですね。」

 自分達は日本のファシズムと戦争したと言い、たしかに過酷ではあったけれど、友人が増えたことが嬉しかったと、まるで楽しい思い出話をするかのように、にこやかに話す前向きな姿勢には、正直頭の下がる思いだった。

 オーストラリアでは確かに、先に書いたイギリスのPOWの方々(今でも日本製品を一切使わない等)のような人がいるという話は、今のところ聞いたことがない。ここオーストラリアでは、日本製品の性能の高さは誰しもが認めるところだし、スシをはじめとする日本食だって老若男女問わず人気だ。

 そういえば以前、キャンベラの戦争記念博物館を訪れたという日本人の方が、退役軍人の方から館内説明を受け、帰り際、こんな言葉を掛けられたという話も耳にしたことがある。

 「戦争は過去のもの。戦争というものが人間をも変えてしまう…すべては戦争の責任なのです。日本人を恨むことなどありません。私達の使命は、こうしてあの体験を人々に間違えなく伝えることです。是非大勢の日本の方々にも来ていただきたい。」

 間違えなく伝える…そう、上記の戦争博物館には、アンザック・デーのキッカケとなった地中海(ガリポリ)への軍隊輸送の際、護衛する役割を日本の軍艦が行ったことに対する謝辞も掲示している。

そのためか、近年在豪邦人の間で囁かれるデマ「アンザック・デーに、日本人だとわかったら痛い目にあう」どころか、退役軍人(おそらく第一次大戦参戦者)に敬礼されて、恐縮したという人もいるほどだ。

 たしかに、これはいくつかの事例に過ぎないのかもしれないし、中には過去の戦争において敵であった日本をよく思わない方々もいるのかもしれないが、 こうして見てくると概ね「過去のことをいつまでもとやかく言うのではなく、先を、そしていいところを見ていこう」という前向きなオージーの気概を感じる。

オーストラリアのマイト・シップ(友好関係)

 “オージー=オーストラリア人は、フレンドリー”

 よくそんな風に言われるけれど、実は口は悪いし、意外とぶっきらぼうで、単純にフレンドリーというわけでもない…と思う(苦笑)。それよりも、正直で前向き、そして寛大な心を持ち、何かを恨む前に自分のプラスになるように考えるから、誰とでも友達になれる。オーストラリアのMate ship/マイト・シップ精神は、こんなところから来ているのかも…と感じた2004年のアンザック・デーだった。

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 (*)=この話「捕虜に賃金を払っていた」というのは、私もタイのカンチャナブリー(泰緬鉄道の鉄橋などがある)郊外にオーストラリア政府が建てた記念館で目にした。(よく知られるJEATHではなく、ヘルファイア・パスのところにできた新しい記念館)

 #くだんのインタビューに答えていた退役軍人の方の話の中に、「イギリス人より、オーストラリア人の方が適応能力があった」というのがあったけれ ど、実際、捕虜の中には米(飯)など、日本式の食事を嫌い、拒否した人もいたよう。でも、確かにオージーなら何でも食べただろうと思う(この国の食文化の 発達の早さは、こんなところにもあるのかも?)し、蚊などの虫がほとんどいないイギリスで生まれ育った人と、そういう状況が当たり前だったオージーとで は、感覚の違いがあるのではないかと思う…。

 また、本当のことを言えば、この話題には触れないでおこうかとも思ったのだけど、日本人として知っておくべきことだと思うので、あえて書くことにしました。まただからと言って、いろいろ言われているような悲劇的な事実がなかったとか、そういうことに言及するものではなく、「こういう一面もあったし、 こんな風に思っている人もいる」ということを知っていただけたら、と思います。

【関連コラム】 敵国の大将を招いたアンザック・デー

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オーストラリアの先住民族アボリジニの暮らしと考え方 ~自然と共存するオーストラリアの住まい

オーストラリアの先住民族アボリジニの暮らしと考え方
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 エコナビで連載中のコラム「自然と共存するオーストラリアの住まい」が更新されました!

 第7回はこのシリーズ最終回。タイトルは「オーストラリアの先住民族アボリジニの暮らしと考え方」です。自然界と調和して生き、自然への畏敬の念を忘れずに暮らすことこそが、本当の幸せをもたらすと考えているオーストラリア先住民族アボリジニの日人々についてご紹介しています。

 アボリジニと一口で言っても、数千もの部族があると言われ、それぞれ異なる風習や文化を持っていますが、すべての部族が共通して持つ『天地創造の神話』が彼らの心のベース。彼らにとって本当の家は、『人間が生まれ育った大地』なのだそうです。

 太古の昔から営々と受け継がれてきた、『人類にとってもっとも大切な基本理念=スピリット』が息づくアボリジニの人々のシンプルな暮らしと精神を感じてみてください!

★エコレポ Vol.7 「オーストラリアの先住民族アボリジニの暮らしと考え方

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世界最古の熱帯雨林ケープトリビュレーション ~ケアンズからの旅

2つの世界遺産に囲まれた、世界最古の熱帯雨林・ケープトリビュレーション ~知られざるオーストラリア~ ケアンズからの旅
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 ケアンズからキャプテンクック・ハイウェイを北上し、世界最古の熱帯雨林が広がるケープトリビュレーションへ!

 そこは、森と海2つの世界遺産に囲まれた、世界に類を見ない貴重なエリア。童心に返って心を開放できる大自然の真っ只中、熱帯雨林の楽園へご案内いたします。

 @-Waveウェブ旅マガジン「たびまぐ」の特集 『 2つの世界遺産に囲まれた世界最古の熱帯雨林ケープトリビュレーション~ケアンズからの旅 』 では、森に囲まれた宿泊施設「レインフォレスト・リトリート」やエリア内のおすすめ宿とレストランをご紹介しています。

 次の休暇は、ケアンズから車で北へ約130km、約2時間で行ける世界最古の森へ出かけてみませんか?

 ★2つの世界遺産に囲まれた世界最古の熱帯雨林ケープトリビュレーション ~ケアンズからの旅

2つの世界遺産に囲まれた、世界最古の熱帯雨林・ケープトリビュレーション ~知られざるオーストラリア~ ケアンズからの旅

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TFMインターネット・テレビ・ラジオ番組「Shape of the Earth! On the way to Australia!」

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 2006年にTFM(東京FM)で放送されたインターネット・テレビ・ラジオ番組「Shape of the Earth! On the way to Australia!」の2月10日オンエア分です。もう5年も前のことですが、今でいえば、Ustみたいな感じ。

 この番組では全7回に渡り「電話で豪」のコーナーに電話出演するはずだったのですが、スタジオの電話回線の都合で最初の2回が繋がらず、残りの5回にのみ出演させていただきました。

 初めて電話がつながった2月10日OA分では、MCの明川哲也さん(元叫ぶ詩人の会のドリアン助川さん)と、オーストラリアの映画のロケ地についておしゃべり。映画ロケ地の話のはずが、なぜか明川さんから「好みの男性のタイプは?」などと、かなりツッコまれています>私。(笑)

 かなり笑えるし、せっかくファイルをみつけたのでアップロードしてみました!オーストラリアの映像もなかなか綺麗です。

 私が登場するのは、番組が始まって1時間16分あたり。以下からちょうど始まります。「電話で豪」のコーナーです。よかったら、聞いて見てください!

※残りのファイルも順次アップ予定(?)

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原子力産業の魔の手から故郷を守った男、その後

ジェフリーが守ったクーンガラは、本当に何もない原野
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 昨日、オーストラリア・ノーザンテリトリーのクーガラ地区世界遺産組入れ決定までの物語「潤沢なウラン鉱脈クーンガラ、世界遺産のカカドゥに組入れ決定!」をご紹介したところ、原子力産業の魔の手から故郷を守った男ジェフリーへ賞賛の声をたくさんいただき、本当に嬉しい限りです!私も自分のことのように嬉しい♪

 ジェフリーは今、世界遺産委員会が開かれているパリへ現地入りしており、決定直後の昨日午前(オーストラリア東部標準時間8時過ぎ)に豪国営放送ABCラジオのインタビューに答え、またまた素晴しい発言を聞かせてくれました。

 「未来へ、未来を受け継ぐ子供たちへ、この素晴しい土地をそのままの形で伝えるのが私の役目」

 そう断言し、欲深き人間であれば簡単になびいてしまうであろう大金をものともせず、これまでの人生を生きてきた1人の男の確固たる信念を垣間見せてくれるコメントでしたので、再びここでご紹介したいと思います。

彼の偉大なる勇気は、世界中の人々への素晴らしい贈り物

 ※以下、放送されたラジオ番組より。ラジオ局レポーターのコメントは「」をつけていません。

 伝統的な土地所有権を持つジェフリー・リー氏は、彼の土地クーンガラを世界遺産に組入れる決定への後押しのため、パリへ行っています。

ジェフリー:「私はクーンガラについて伝えるためにフランスまで来ました。なぜならば、長い時間、私が10代の子供の頃からクーンガラを守るために戦ってきたことを知ってもらうためです。それは、長く困難な道のりで、私にとっても過酷な日々でした。私はこうして歳も取り、さらに成長した。(世界遺産となった)これからが、私にとって本当の意味での現実、スタート地点なのです」

フランスの大手原子力企業アレバ社からの圧力を受けているという記事よりフランスの大手原子力企業アレバ社からの圧力を受けているという記事より
(画像クリックで記事へ飛びます)

 ジェフリーは今でもクーンガラに隣接して住み、(昔と変わらず)釣りや狩りをして暮らしています。彼は自分達の土地、さらにはカカドゥ国立公園が、巨大資源企業の手に渡ることを非常に恐れていました。フランスの大手原子力企業アレバもジェフリーを口説いていました。

ジェフリー:「彼ら(アレバ社)は私に大金やたくさんのオファーを申し出てきました。でもそれらはすべて、さらに私を失望させただけでした。私の土地への責任はあるけれど、私の土地じゃない。(私が所有しているのではなく)土地が私を所有しているのです」

 ※ここで、オーストラリアの環境保護団体エグゼクティブのコメント

環境保護団体エグゼクティブ:「フランスのウラン採掘目当ての大手原子力企業、彼らは非情なまでに、この緑の土地から(ウラン)採掘を得るために圧力をかけてきた。そのため、この土地は本当に危機にあったと言えます。でも、それ(今回の決定でそんな危機感)は消え去り、祝福する時がやってきたのです」

 ※このコメントの後、レポーターは以下のように付け加えました。

 彼の偉大なる勇気、それはすべてのオーストラリア人と、さらには世界中のすべての人々への素晴らしい贈り物です。

日本は今、間違った道を修正できる最後の時

クーンガラ地図(クリックでPDFが開きます) このインタビューを聞き終え、私は思いました。原発を抱える県や自治体は、ジェフリーとはまったく逆の道を選んだのだと。

 甘いオファーに簡単になびき、愛する故郷、美しいふるさとを台無しにしてしまった…。もし、彼らにジェフリーのような『故郷を守る』固い決意があったなら、こんなことにはならなかったのではないかと。

 あえて付け加えますが、ジェフリーの守った土地は、それこそ電気も水道もない、本当に何にもない原野(一番上の写真を参照)。そこに住んでいるのは、もちろん、ジェフリーら一族だけ。

 そもそも元から人がほとんど住んでないのだから、「過疎化」という言葉すら当てはまらない辺鄙な土地です。買い物しようにも店だってないし、道路だってガタガタの砂利道。日本人なら2~3日も居たら逃げ出すかもしれません。

 彼らにとっては、近代的な設備や便利なもの、人工的な物質の数々は、ほとんど何の価値もないのです。本当に何もない。けれども、そこには豊かな自然とそこにたくさんの恵みがある。本来は、それだけで十分なのではないでしょうか?

 オーストラリアの先住民族アボリジニの人々の考え方は、基本的には皆、ジェフリーと同じです。(ただし、一部には西洋かぶれして、部族の掟を破り、本来のあり方を無くしてしまった人もいますが…)

 日本人も元々はアボリジニの人々と同じように、自然に対する畏敬の念を持ち、感謝しながら暮らしてきた民族のはず。

 ですが、西洋的な近代文明への憧れの強さからか、いつしかその本質を見失い、ただひたすら近代化の道を歩んでしまったように思います。そして、このことを今問題となっている原発に置き換えるならば、それらを建設することで得られる巨額のお金や仕事に目が眩み、悪魔に魂を売ってしまったのではないか…そんな気がしてくるのです。

 ジェフリーの言葉を借りれば、本来、私達は誰しも「(自分が)土地に所有されている=属している」はずなのです。つまり土地(地球)があってはじめて、そこで生まれ育ち、そして(自分が)生きているということ。その土地=故郷に育ててもらったのだから、守る義務があり、それを子々孫々まで伝える義務があるのではないでしょうか?

 でも、守るための方向を間違ってはいけない。もし、間違えたなら、取り返しのつかないことになる。今、日本は間違って歩んできた方向=道を修正しなければならない最後の選択の時なのかも知れません……。

【参考コラム】
潤沢なウラン鉱脈クーンガラ、世界遺産のカカドゥに組入れ決定!
【オーストラリアの世界遺産】カカドゥ国立公園

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